詳しく解説 先端医療の用語集

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「抗体医薬」

がんなどの難病で苦しむ人の救世主に。
抗体医薬が秘める可能性とは

がんやアルツハイマー病などの治療が困難な病気に対し、バイオ医薬の開発が活発化しています。その一つである抗体医薬は、急速な創薬イノベーションによって次々に新薬が登場し、活躍の場を拡大しています。
神戸医療産業都市でも抗体医薬への取り組みは始まっており、クリエイティブラボ神戸に拠点を置く先端医療研究センター免疫機構研究部は、抗体医薬の研究を積極的に推進。その他の研究機関や進出企業、スタートアップ、大学等も多様な創薬シーズの開発を進めています。
難病治療の未来を担う抗体医薬について、ひもといてみましょう。

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抗体医薬とは

抗体医薬(antibody drug)とは、人間の免疫機能をつかさどる抗体と呼ばれる物質を活用した医薬品です。

人間の身体には、ウイルスや細菌などの異物(抗原)が体内に侵入すると、それを認識して異物にくっつき攻撃したり排除したりするタンパク質(抗体)を作り出して身体を守る「抗原抗体反応」という働きが備わっています。

「抗原抗体反応」は人間が生まれながらにして持っている免疫機能であり、この働きを利用して開発されたものが抗体医薬です。病気を引き起こす抗原に対して効果を発揮する抗体を人工的に作製して体内に投与し、狙った抗原と結合して攻撃・排除することで、病気を予防したり治療したりします。

ターゲットへ明確に作用し、副作用を少なくする

薬物治療の主流は化学合成で製造する低分子医薬ですが、改善できない病気が多く、病気の原因物質以外にも作用して副作用を引き起こすことが懸念されていました。

一方、抗体医薬は動物などの細胞をもとに最新のバイオテクノロジーを応用して作られ、病気の原因物質にターゲットを絞って効果を示すことができるのが特徴であり、高い治療効果や副作用の軽減が期待されています。

このような点に着目し、関節リウマチなどの自己免疫疾患やアルツハイマー病などの有効な治療法がない病気に対して、また、副作用が生じやすい抗がん剤に代わる新たながんの治療法として実用化が進んでいます。

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世界中の医療現場で幅広く活躍

抗体医薬の適応となる疾患は、関節リウマチやがんを中心に、アルツハイマー病、アトピー性皮膚炎、花粉症、頭痛など多領域へと拡大し、今や治療に不可欠な製品もあります。その一つが、米製薬大手のアッヴィ社が提供する「ヒュミラ®」(一般名:アダリムマブ) です。関節リウマチやぶどう膜炎※1など12疾患を対象とする治療薬であり、世界の医療現場で最もよく使用されている医薬品です。

最近では「ヒュミラ®」より安価で効果が同等な後発品「アダリムマブBS®」(第一三共)も登場するなど、世界各国で開発競争が展開されていることから、抗体医薬の市場規模は今後も高成長が見込まれます。
近年は、大豆や卵など身近な物質から抗体医薬を低コストで大量生産する研究も行われており、多様性に富んだ製品の創出にも市場の期待感が高まっています。

  • ※1 免疫異常により、眼球を包んでいるぶどう膜に慢性的に炎症が起こる病気

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抗体の種類と特徴

抗体医薬に利用される抗体は、血液をはじめとする体液の中に存在し、リンパ球の一種であるB細胞から作られます。リンパ球の20〜40%程度を占めるB細胞には、体内に一度侵入した細菌やウイルスを記憶する働きがあり、再び侵入してきた時に対抗する抗体を作って攻撃します。1つのB細胞が生成できる抗体は1種類のみなので、あらゆる細菌やウイルスに対応するため数多くのB細胞がスタンバイしており、多様な抗体を作り出しています。
抗体にはIgG、IgA、IgM、IgE 、IgDと5つの種類があり、それぞれに構造や機能が異なります。

  • IgG

    血液中に最も多く存在する抗体で、細菌やウイルスとくっつく能力に長けており、血液中に長時間とどまってその働きを防御します。

  • IgA

    IgGに次いで多く、喉や気管支、腸管など身体の粘膜に存在します。粘膜から侵入する細菌やウイルスにくっつき、効力を低下させて身体を守ります。

  • IgM

    細菌やウイルスに感染すると、最初に生成される抗体です。抗体の働きをサポートするタンパク質「補体」を活性化させ、細菌やウイルスを排除する役割を担います。

  • IgE

    血液中に極微量に存在しています。体内に侵入した花粉やダニなどのアレルギーの原因物質(アレルゲン)に反応し、免疫細胞の一種である肥満細胞と結合してアレルゲンを排除します。

  • IgD

    IgEに次いでわずかに存在していますが、機能や役割がまだ解明されておらず、今も研究が進んでいます。

抗体医薬の製造では一般的に、血液中に豊富にあるIgGが活用されています。

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実用化の立役者「モノクローナル抗体」とは

抗体医薬は1975年にモノクローナル抗体の作製技術が確立したことで実用化につながりました。モノクローナル抗体とは、ウイルスや細菌などの抗原が持つ多くの目印の中から、1種類の目印だけに結合する抗体を人工的に増殖させたものです。特定の抗原を認識する高い能力と、抗原と結合しやすい特性を兼ね備え、性能が安定していることから多くの抗体医薬に用いられています。

モノクロナール抗体は4種類ある

モノクローナル抗体は、マウス抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体、完全ヒト抗体の4種類に分類されます。マウス抗体が最もよく利用されていましたが、マウス由来の抗体のため、人体に投与すると異物と認識してしまい、アレルギー反応などが起こることがわかりました。
そこで、異物と認識しづらいヒトの抗体に似た抗体を生成する研究が行われ、遺伝子組み換え技術により、マウス由来の抗体を3分の1、ヒト由来の抗体を3分の2にしたキメラ抗体や、9割以上をヒト由来の抗体で構成したヒト化抗体、マウスの抗体を含まない完全ヒト抗体が誕生しました。
日本では安全性の面から、ヒト化抗体や完全ヒト抗体を使った抗体医薬が数多く承認されています。

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進化するモノクローナル抗体の作り方

モノクローナル抗体の作製手法として、古くからあるのはハイブリドーマ法です。
ハイブリドーマ法では、まずマウス等に病原菌などの異物を注入し、抗体を作り出すB細胞を増やします。次に、無限に増殖できる細胞(ミエローマ細胞)とB細胞を融合させ、増殖力と生存力の強い融合細胞(ハイブリドーマ)を作製。その中から優れたモノクローナル抗体を生成する細胞を選び出して大量生産します。

他の手法としては、特定の細胞に感染するウイルス(ファージ)を用いて標的の抗原に作用する抗体を見つけ出すファージディスプレイ法があり、「ヒュミラ®」はこの技術によって開発されました。
また、ヒトの抗体の遺伝子を組み込んだマウスを使って作製する方法や、ヒトの血液から採取したB細胞を活用する方法などもあり、良質な抗体を効率よく取得するためにさまざまな技術が生まれています。

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抗体医薬のメリット

抗体医薬のメリットは、主に次の2つが挙げられます。

  • ①体内での安定性が高い

    抗体は血液中などに存在する物質なので、抗体医薬として投与しても体内に安定して長時間留まることができ、薬の効果が持続します。それにより投薬回数を減らすことが可能で、身体への負担が軽減できます。

  • ②高い治療効果と副作用の軽減が期待できる

    抗体医薬は狙った抗原だけを的確に攻撃・排除できることから、治療効果が大きいと言われています。また、正常な組織や細胞へのリスクが少なく、副作用の軽減につながると期待されています。

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抗体医薬のデメリットと課題

抗体医薬のデメリットとしては、以下の3つなどがあります。

  • ①薬の価格や治療費が高い

    製造に動物などの細胞を用いる抗体医薬は、原材料が高くなる上に専用の製造設備や品質管理体制を整える必要があり、その分が加算されるために薬の価格や治療費が高くなります。

  • ②国内の製造基盤が不十分

    日本では教育環境が少ないことや職種の認知度の低さなどから、抗体医薬を製造できる高度人材が不足しています。また、巨額の投資を要する生産設備も足りておらず、製造基盤が構築されていないことが国内での発展を阻んでいます。

  • ③口から投与できない

    タンパク質でできた抗体医薬は、胃や小腸で消化酵素により分解されやすく、口からの投与(経口投与)では薬が効きにくいため、点滴や注射で体内を循環させる方法が一般的です。抗体医薬をより普及させるために、経口投与が可能な製品の開発も行われています。

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国内外の主な抗体医薬品と開発企業

日本と欧米では110品目を超える抗体医薬品が承認され、うち60品目以上が日本でも使用されています(2023年11月末時点)。 (参考資料1)
承認済みの主な抗体医薬品は以下の通りです。

  • オルソクローンOKT3(一般名:ムロモナブCD3)

    アメリカで認可された世界初の抗体医薬品であり、臓器移植患者の急性拒絶反応を抑えるために使われました。ヤンセンファーマ社(ベルギー)が製造販売し、日本では1991年より販売されていましたが、医療の進歩によって急性拒絶反応が軽減したこと、また副作用への懸念から2011年に販売中止となっています。

  • アクテムラ®(一般名:トシリズマブ)

    中外製薬が開発し、2005年に販売を開始した国産初の抗体医薬品です。世界110カ国以上で承認され、関節リウマチや若年性特発性関節炎※2などの治療に用いられています。また、新型コロナウイルス感染症の治療薬としても有効性が認められました。

  • オプジーボ®(一般名:ニボルマブ)

    小野薬品工業が製造販売する、がん治療に革命を起こした抗体医薬品です。神戸医療産業都市推進機構の名誉理事長である本庶 佑博士(京都大学高等研究院副院長・特別教授)の研究によって誕生し、2018年にはノーベル生理学・医学賞を受賞。2014年の発売以降、適応疾患を拡大しています。

  • レケンビ®(一般名:レカネマブ)

    バイオジェン社(アメリカ)とエーザイとの共同開発により2023年9月に承認された20年ぶりのアルツハイマー病の新薬です。病気の原因物質に働きかけ、症状の進行を遅らせることが期待されている世界初の医薬品です。

  • ※2 16歳未満のこどもが発症する原因不明の慢性関節炎

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人材育成と製造基盤の構築が急務

2000年以降急速に普及した抗体医薬は、さまざまな病気の治療の選択肢を広げており、ニーズはますます増大すると予想されます。しかし、日本で販売中の抗体医薬の約9割は海外で製造されているのが実情で(参考資料2)、抗体医薬の開発・製造に関わる人材の育成や国内の製造基盤の構築が急務です。

こうした課題を解決するため、神戸医療産業都市にある神戸大学統合研究拠点には、次世代バイオ医薬品製造技術研究組合が集中研を開設し、国際基準に適合する次世代抗体医薬などの産業基盤の確立に取り組んでいます。また、一般社団法人バイオロジクス研究・トレーニングセンターが設立され、抗体医薬などバイオ医薬品の製造に関わる人材の育成や先端研究などを行っています。

日本から数多くの抗体医薬が生まれ、世界中の医療現場で役立てられる日が待ち望まれます。