詳しく解説 先端医療の用語集

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「ゲノム医療」

がんゲノム医療によって
広がるがん治療薬の選択肢

がんや難病で苦しむ患者さんへの新たな治療法として、脚光を浴びているゲノム医療。神戸医療産業都市ではその将来性に注目し、高度医療を提供する病院や企業、研究機関等がゲノム医療の発展に貢献しています。
現在はさまざまな病気に対してゲノム医療の可能性が探られており、なかでも患者数が増加しているがんの分野で、がんゲノム医療の普及が進んできました。
先端医療の一つとして国も発展に期待を寄せる、がんゲノム医療の特徴や治療の実際などについて解説します。

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ゲノム医療とは

ゲノム医療とは、患者さん一人一人によって異なる遺伝情報を用いて、病気の予防や診断、治療を行う新たな医療です。ゲノム(英:genome)はgene(遺伝子)とchromosome(染色体)を組み合わせて生まれた造語で、人間が持つすべての遺伝情報のことを言います。

近年は遺伝情報がさまざまな病気の発生に関わっていることがわかってきました。このようなことから、神戸医療産業都市にあり最先端の眼科高度医療を行う神戸市立神戸アイセンター病院では、医療機器メーカーのシスメックスと連携し、2020年より眼の病気におけるゲノム医療の実現に向けて動き出すなど、神戸医療産業都市でもゲノム医療への取り組みが進められています。

身体の仕組みとがん発生の関係

人間の身体は約37兆個の細胞から成り立ち、細胞の中心にある核の中には染色体があり、染色体はDNAという物質によって構成されています。DNAの一部である遺伝子は、親から子、子から孫へと受け継がれる身体的な特徴やかかりやすい病気などの遺伝情報を司り、人間の身体を形づくるために欠かせないタンパク質の設計図となるものです。2万数千個の遺伝子が働いてタンパク質を合成し、それをもとに細胞が生まれて臓器や手足などがつくられます。

近年の研究により、喫煙や飲酒などの生活習慣、ウイルス感染、加齢などが引き金となって正常な細胞の中にある特定の遺伝子が変異すると、がんの発生につながることが明らかになってきました。
遺伝子にはそれぞれに役割があり、細胞の分裂と増殖に関わる遺伝子が存在します。この遺伝子に変異が生じると異常な細胞(がん細胞)ができ、無制限に分裂を繰り返してどんどん増殖していきます。増え続けたがん細胞はさまざまな組織や臓器へと広がり、徐々に体をむしばんでいくのが、がんのメカニズムです。

がん細胞ができたとしても、通常は人間に備わっている免疫機能によって撃退されるのですが、加齢や生活習慣の乱れなどが原因でその働きが低下していると、がん細胞は生き残り増殖してしまいます。がんの発生には1つだけではなく複数の遺伝子の変異が関わっていることも多いと言われています。

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がん医療の新たな手法「がんゲノム医療」

医療現場で応用が進むがんゲノム医療は、がん遺伝子パネル検査などの遺伝子検査によって患者さんごとのがん細胞に起きている遺伝子の変化を調べ、それらの情報に基づいた治療法を提案します。従来のがん治療(薬物療法)では、がんが生じた臓器ごとに認められた治療薬しか使用できませんでしたが、がんゲノム医療は一人一人に適した治療薬を選択できるため、より高い効果や副作用の軽減が見込める治療薬を選ぶことが可能です。

がん遺伝子パネル検査とは

がん遺伝子パネル検査とはがんゲノムプロファイリング検査とも言われ、がんに関係する複数の遺伝子の変異を同時かつ網羅的に調べる検査です。がんの種類や進行に合わせた標準治療※1がない患者さんや標準治療を終えたがん患者さんに対して実施し、他に有効な治療薬がないかを探って治療の可能性を広げます。

従来のがん治療では、乳がんや大腸がんなど一部のがんに対しコンパニオン診断(保険適用)という遺伝子検査が行われています。これは1回の検査で基本的に1つの遺伝子を調べ、薬物療法を開始する前に使う治療薬の効果や副作用について検討するものです。遺伝子変異の種類によって治療薬の効果は異なるため、身体に負担をかけることなく有効性や安全性を確認するのに役立ちますが、適した治療薬が見つからない時は何度も検査を行う必要があり、時間や費用がかかるのが課題でした。

一方、新たな遺伝子検査として登場したがん遺伝子パネル検査では、1回の検査で数十から数百の遺伝子を調べて変異を確認し、治療に生かすことができます。次世代シークエンサーと呼ばれる最新解析装置の実用化によって多数の遺伝子を短時間で効率的に解析することができるようになり、適応する治療薬が迅速に見つかる可能性が高まりました。

検査の流れ

がん遺伝子パネル検査を受ける際は、まず担当医師から検査の説明を受け、患者さんが同意書にサインをします。その後、患者さんのがん組織や血液からDNAを採取し、機器による遺伝子解析が行われます。解析結果が出ると、がんゲノムや遺伝子医療などの専門家による会議(エキスパートパネル)が開かれ、効果的な治療薬や治療方針を検討します。それらの結果を担当医師が患者さんに報告し、治療が始まります。
患者さんが結果を知るまでに要する期間は、がん組織による検査では1カ月程度、血液による検査では2〜3週間程度です。

検査費用と検査対象者

2019年よりがん遺伝子パネル検査は保険適用となりました。診療にかかる検査費用は56万円で、患者自己負担が3割の場合は16万8000円、2割の場合では11万2000円、1割の場合は5万6000円となります。なお高額療養費制度※2が活用できます。

ただし、保険診療で検査を受けるには条件があり、がんの種類や進行に合わせた標準治療が終了したものの(あるいは終了見込み)経過が良好でなく転移などがある場合、標準治療が確立していない希少がん※3や原発不明がん※4を患っている人、全身状態が良く検査後の薬物療法が可能と主治医が判断した場合などに限られます。また血液がんは対象外です。
保険診療の条件を満たさない患者さんで検査を希望する人には自由診療による実施も可能ですが、がん組織による検査は47万円、血液による検査は75万円とかなり高額になります。

  • ※1 科学的根拠によって治療の有効性が示されているもの。がんの場合は主に手術、薬物療法(化学療法)放射線療法
  • ※2 ひと月の医療費が高額で自己負担額が上限を超えた際に、超えた分が払い戻される制度
  • ※3 人口10万人あたりの発症が6人未満のがん。小腸がんや肉腫など
  • ※4 転移を起こしているがんが発見されても、最初に発生した臓器は明らかにならないがん

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がんゲノム医療の
メリットとデメリット・問題点

がんゲノム医療のメリットは、がん患者さんそれぞれに異なる遺伝子の変異に応じた治療薬を見つけることができ、一人一人に適した治療を行えることです。また、従来の治療では病状が改善しなかった患者さんを新たな治療につなげられる場合もあります。

その一方で、発展段階にあるがんゲノム医療にはデメリットや課題も残されています。
まず一つに、がん遺伝子パネル検査を行っても遺伝子の変異が見つからないなど、治療に活用できる有益な情報が得られないことがあります。また、遺伝子の変異が見つかっても治療薬がまだ存在しなかったり、開発段階にあり使えなかったりするケースも少なくありません。検査後に病状が悪化して治療ができないことも多く、厚生労働省の調査では、実際の治療に結びつく可能性はがん遺伝子パネル検査を受けた患者さん全体の10%程度と報告されています(参考資料1)。
さらには、多くの遺伝子を調べることで治療に必要な情報だけでなく、生まれながらにがんにかかりやすい遺伝子を持っていることが判明することがあり、将来の健康に対して不安を抱えるリスクもあります。ただし、この情報の開示については患者さん自身が選ぶことができます。

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「ゲノム医療推進法」で
安心して治療できる体制を

国は個人に合わせた病気の予防や診断、治療を提供する次世代医療の実現に向け、ゲノム医療の研究開発を推進しています。2023年6月には「幅広い医療分野における世界最高水準のゲノム医療を実現」を目指し、ゲノム医療推進法が成立しました。これにより、良質で適切なゲノム医療を国民の誰もがいつでもどこでも受けられるための診療体制の整備を進めるとともに、ゲノム情報の取り扱いに関する方針を定め、職場や学校などで不当な差別や社会的不利益が生じないよう対策にあたっています。かかりやすい病気などの情報も含まれるゲノム情報は、個人のプライバシーに最大限配慮した上で研究や治療を進める必要があります。

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がんゲノム医療が受けられる病院

がんゲノム医療(がん遺伝子パネル検査)を実施する医療機関は国によって指定されており、全国にある13カ所のがんゲノム医療中核拠点病院、32カ所のがんゲノム医療拠点病院、219カ所のがんゲノム医療連携病院で受けることができます(2024年3月時点)。

がんゲノム医療を牽引するがんゲノム医療中核拠点病院は、専門人材の育成、臨床研究、治験等も担うため、がん遺伝子パネル検査の実施体制や高度医療を提供できる人材・機能が整っていることが指定の要件となっています。またがんゲノム医療拠点病院は、中核拠点病院と同等の医療提供体制が整備され、がんゲノム医療の治療方針を自施設で決定できる施設となります。
がんゲノム医療連携病院は、がんゲノム医療中核拠点病院やがんゲノム医療拠点病院と連携しながら治療が完結できる施設です。その数は年々増加しており、全国各地でがんゲノム医療を受けられるようになってきています。

神戸市内の医療機関では、がんゲノム医療拠点病院に神戸大学医学部附属病院が指定されており、がんゲノム医療連携病院である兵庫県立こども病院と連携して治療を行っています。また、神戸市立医療センター中央市民病院や神鋼記念病院もがんゲノム医療連携病院として質の高いがん治療に取り組んでいます。

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がんゲノム医療の現状と今後

まだ発展段階にあるものの、患者さんによって異なるがんの特性を理解し、個人に合わせた治療につなげるがんゲノム医療は、将来的にがん医療の主流となるかもしれません。そのためには科学的根拠に基づき質の高いがんゲノム医療を提供することが重要であり、まずは治療や研究の土台となるデータの蓄積が不可欠です。日本では国立がん研究センターに「がんゲノム情報管理センター」を設置し、がん遺伝子パネル検査で得られたゲノムデータと診療情報を患者さんの同意のもとで集約。個人を特定できない安全性の高い方法で保管し、それらを活用した治療技術の開発や創薬を促進しています。このような情報管理に対する取り組みは、がんゲノム医療の先進国であるアメリカより進んでおり、データの適正な利活用によって、今後日本のがんゲノム医療は大きく進展すると期待されています。