KBICで活躍するトップランナーたち

本庶 佑

節目を迎え心新たに挑む最先端医療の実用化

本庶 佑Honjo Tasuku

公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構 理事長

現在、公益財団法人神戸医療産業都市推進機構の理事長で京都大学高等研究院副院長・特別教授の本庶佑氏。中学時代に野口英世の伝記を読んで人命を救いたいと医学の道に進み、PD-1阻害によるがん免疫療法を開発。夢の抗がん剤と言われる「オプジーボ®」の創薬に大きく貢献したことでも知られており、2018年ノーベル生理学・医学賞を受賞されました。「自分の知りたいことを研究する」をモットーとし、ゴルフとおいしい食事がパワーの源だと語る本庶理事長に、機構の今と未来についてうかがいました。

20周年を迎えた医療産業都市へどのような思いを持っていますか

今日の医療産業都市の発展があるのは、本プロジェクトにスタート時から携わってこられた井村裕夫先生(現・公益財団法人神戸医療産業都市推進機構名誉理事長)のご尽力があってこそ。理化学研究所の大規模な研究群の誘致だけでなく、神戸市立医療センター中央市民病院や兵庫県立こども病院の移転にも成功されました。医療産業都市の名にふさわしく専門的で高度な医療を提供する施設や医療関係企業がいくつもそろったことは大きな成果です。そのご活躍ぶりは非常にすばらしいものだと思っています。井村先生からバトンを受け継いだ私が今感じているのは、これからが医療産業都市にとっての正念場だということ。数多くの研究機関や病院、医療関連企業が集積し、数の面ではかなり充実してきました。今後はもう少し違う形で新しい仕組みを取り入れながら、都市全体の質を向上させることが大事ではないかと。もう一段階上を目指す時期が来ていると思います。

神戸医療産業都市推進機構となったことでの変化や強みは?

2015年に私が理事長に就任し、まずは機能の分担を整理することに着手しました。その一つとして、財政面での効率化を目指し2017年に先端医療センター病院を神戸市立医療センター中央市民病院と統合。一体運営を市民病院にお願いしました。今年、神戸医療産業都市推進機構が発足してからは、機構では新しい先端医療技術の研究・開発など、われわれ研究者にしかできないことに力を注ぎ、医療機能や治験、臨床研究については市民病院に任せています。その結果、市民病院は708床から768床へと病床数が増えてサイクルが良くなり、経営状況も明るい兆しが見えてきました。相乗効果で機構も黒字化を果たし、事業が進めやすくなったと実感しています。

また、神戸市とも協力し、ポートアイランドの中に集積したさまざまな企業・団体との相互連絡や連携を強化するための仕組みを立ち上げました。それがクラスター推進センター(CCD)です。予算とコーディネーターの数を補強し、ようやく動き始めたところですが、佐藤岳幸センター長率いるCCDの今後の活躍には大いに期待したいところです。

基盤が整い、これからは徐々にですが新しいことにもチャレンジしていこうと考えています。福島雅典センター長を中心とした医療イノベーション推進センター(TRI)では、日本中のメディカルシーズを臨床に移す仕組みがほぼ完成しているので、次は治験へ移すための仕組みを構築しなければいけません。また、細胞療法研究開発センター(RDC)でも、川真田 伸センター長たちが細胞治療を安全で確実かつ身近な医療とするための取り組みを行っています。目下力を注いでいるのは、細胞製剤製造のオートメーション化の実現です。細胞製剤は温度管理や酸素濃度などの変化に敏感で、コントロールするのがなかなか難しい側面があり、これまで人の手により製造されてきたために品質が均一化しにくいという弱点があります。これをいかにして確かな品質管理ができるようにするかが最大の課題。品質管理精度の高いオートメーション機器が実現化すれば、みなさんが医療への幅広い応用に期待を寄せているiPS細胞も臨床の場で安定して使えるようになるでしょう。鍋島陽一センター長が指揮をとる先端医療研究センター(IBRI)では、がんの免疫療法、アルツハイマー、老化に伴う機能障害などについての研究に取り組み、すぐに臨床に結びつくシーズ探しも今現在行っているところです。より一層、新たなシーズを生み出す研究にも努力していかなければならないと考えています。また機構としては、臨床応用に役立てるべく企業との共同研究にも積極的です。Meiji Seikaファルマとシスメックスとそれぞれ共同研究契約を結び、新しい治療薬や診断技術を開発するための研究を始めました。今後もさまざまな企業と連携しながら新たな挑戦を進めていきたいと思っています。

機構や医療産業都市の未来図をどのように描いていますか

ポートアイランドの敷地は広大です。今後はさらに企業や団体、医療機関が増えていくと予想され、医療産業都市の規模はますます拡大していくことでしょう。そのなかからたとえば、大当たりするベンチャー・中小企業がいくつかでも出てきたなら、医療産業都市全体に非常に良い流れを作ってくれるのではないかと思っています。すでに実績のある大手製薬会社などが、さらに新しい展開を生むことがあってもいいですよね。これからも、医療産業都市が医療関連企業などにとってチャレンジしていける場所であり続けたいという思いは常に持っています。

その一方で、新たに構築していかなければならないのは研究者たちと神戸市民との関係性です。これまでのところ、市民と私たち研究者が直接対話するような機会に乏しいのが現状で、医療の実用化までのプロセスを市民の方々に理解していただきにくいということがあります。私たちは正しい情報を発信しながら、研究者と市民との間にあるギャップをマスコミやメディアが埋めてくれることに期待しています。この情報誌「KBICPress(ケービック プレス)」もその一歩。医療産業都市や機構について広く市民に知ってもらうきっかけとなり、研究者と市民をつなぐ橋渡し役を担ってもらえるとうれしいですね。私たちが神戸市民のためにできることは、日々の研究の結果をきちんと出すことです。新薬を生み出すことで人々が病気の苦しみから解放されるだけでなく、企業が収益を上げ、その税収で神戸市が潤うと市民のみなさんにも還元されていきますよね。もちろんその幸せは神戸市民だけにとどまらず、ひいては世界中の人々の幸せにもつながるでしょう。国内外から注目されている医療産業都市が身近にあることを、すべての神戸市民に誇りと思ってもらえるよう、私たちはこれからも努力を続けていきます。

公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構

https://www.fbri-kobe.org/

阪神・淡路大震災後、神戸は傷ついた経済の立て直しと市民の命を守ることなどをビジョンに掲げ、神戸医療産業都市の取り組みをスタート。神戸ポートアイランドに最先端医療技術の研究開発拠点を整備し、医療関連企業の集積を図り、次世代の医療システム構築を目指しています。「神戸医療産業都市推進機構」は、神戸医療産業都市に集まる多くの人や情報、様々な知恵を結集させ、健康長寿社会の実現に向けた課題解決策を神戸から世界へ発信していくための中核的支援機関です。

【2018年4月 新たに発足】

神戸医療産業都市の推進母体として、2000年3月に設立された「先端医療振興財団」は、本年4月に発展改組し、「神戸医療産業都市推進機構」として新たに発足しました。革新的な医療技術をいち早く市民の皆様に届けるとともに、研究機関・大学、医療機関、医療関連企業等の連携を推進し、イノベーションが創造されることを目指して、4つのセンターによる新たな推進体制を立ち上げました。

【組織について。】

■先端医療研究センター(IBRI)
がん、脳卒中や認知症の診断法・治療法の開発、老化のしくみの研究など、『健康長寿社会実現』の基盤となる研究を推進します。

■医療イノベーション推進センター(TRI)
これまで治療方法がなかった疾患を克服する新しい医療技術の研究開発を強力に支援・推進し、日本で実用化された技術を全世界へ展開していきます。

■細胞療法研究開発センター(RDC)
細胞治療をより安全、確実に実施するため、試験方法の策定や細胞培養法の規格化の研究・開発、次世代細胞培養システムの開発等を進めています。

■クラスター推進センター(CCD)
神戸医療産業都市のコンシェルジュとして、企業・団体の事業化支援や連携強化と国際展開、国内外への情報発信の推進に取り組んでいます。

神戸発、医療の未来を照らす
イノベーションの創出を目指して

神戸医療産業都市

神戸医療産業都市とは

阪神・淡路大震災で大打撃を受けた神戸経済を立て直し、市民の命を守り、アジア諸国の医療水準向上に貢献することを目的とする神戸医療産業都市。1998年の「神戸医療産業都市構想懇談会」設置以降、具体的な取り組みを開始。神戸ポートアイランド第2期を中心としたエリアに最先端医療技術の研究開発拠点を整備し、医療関連企業の集積を図ることで、基礎研究から臨床応用、産業化まで一体的に取り組む次世代の医療システムの構築を目指しています。構想から20年経ち、350の企業や先端医療の研究機関、高度専門医療機関などが集積(2018年8月現在)。約1万人の人々が働く国内最大級のメディカルクラスターへと成長しています。

集積する企業・団体

国内外から優れた知見や技術を持った精鋭たちが集い先端医療が生まれるところ

ポートアイランドの第2期に広がる神戸医療産業都市には、医薬品、医療機器などの関連企業の他、大学・研究機関、複数の病院施設、世界最高水準の性能を持つスーパーコンピュータ「京」などが立地し、それぞれが連携しながら、先端的な研究開発や事業化の取り組みを行っています。

研究機関としては、理化学研究所の「生命機能科学研究センター」が、生物学における最先端の研究を推進しています。また、「先端医療研究センター」は、がん免疫の研究や老化の仕組みなどの解明に取り組み、「神戸大学先端融合研究環 統合研究拠点」では、ゲノム医療の研究開発などが進められています。

8つの医療機関が1か所に集まっていることも神戸医療産業都市の特徴です。総合病院である「神戸市立医療センター中央市民病院」のほか、放射線治療や化学療法などがんの先進的治療を行う「神戸低侵襲がん医療センター」、小児医療に特化した「兵庫県立こども病院」などの高度専門病院が市民への最適な医療サービスを提供するとともに、新しい医療技術を創りだすための臨床研究や治験を行っています。2017年には眼科領域の基礎研究から臨床応用、治療、ロービジョンケアまでをトータルに対応する全国初の施設「神戸アイセンター」が開設され、再生医療の実用化の加速に貢献しています。

また、スーパーコンピュータ「京」の活用に代表される計算科学の技術は、天気予報や自動車の製品開発など、様々な分野で応用されており、医療分野においても、より効率的にシミュレーションができる技術として活用されています。さらに、2021年頃には「京」をはるかに上回る計算能力を持つポスト「京」の共用が開始される予定です。

神戸医療産業都市は、医療関連企業・団体の集積を生かして、医療の進化に貢献してきました。また、近年では、「休養・栄養・運動」などのヘルスケアの分野にも領域を広げ、新しい健康増進の仕組みの構築に努めています。

取り組みや成果事例

分野を超えた交流や融合を通じて革新的医療技術や医薬品・医療機器を続々と開発

神戸医療産業都市では、「医薬品」「医療機器」「再生医療」を重点的な研究分野と位置づけ、新たな医療技術をいち早く人々に届けるため、産官学医が連携してさまざまなプロジェクトを推進してきました。なかでも注目されているのが、世界に先駆けて始まっているiPS細胞を用いた再生医療の臨床研究です。2014年には網膜の難病の患者に対して、本人のiPS細胞から網膜シートを作製し、世界初となる移植手術を実施。神戸アイセンターでは基礎研究から臨床応用、治療、リハビリまでをトータルでカバーし、iPS細胞を使った網膜治療のほか、再生医療の早期実用化に取り組んでいます。同時に、下肢血管、鼓膜、声帯、ひざ軟骨など、さまざまな組織や器官の再生治療に向けた研究開発も進行中です。

こうした先進的な取り組みは再生医療に限らず、医薬品や医療機器の分野でも進められています。一つは、スーパーコンピュータ「京」を使って効率的に新薬の開発を実現する「インシリコ創薬」。実験室での実験をコンピューターでの計算に置き換える事で、時間と莫大なコストを削減し、より早く新薬を実用化できるようになると期待されています。医療機器の分野では、業界に精通したコーディネーターが活躍。企業と医療現場とのパイプ役として医療現場のニーズを拾い上げ、研究開発から販路開拓・拡大に至るまでの間で必要に応じたサポートを行うことで、新しい医療機器の開発・事業化の促進を目指しており、すでに多くの機器が商品化されています。(以下写真①〜③)さらには、介護現場の人材不足や高齢者の自立促進など超高齢社会の課題を解決するために、介護・リハビリロボットの開発や事業化の支援も行っています。