KBICで活躍するトップランナーたち

黒田 良祐

世界が求める次世代医療を神戸の地から発信したい

黒田 良祐Ryosuke Kuroda

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センター センター長

2023年から2年間にわたり、神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センター(ICCRC)の発展にセンター長として尽力されてきた黒田良祐先生。スポーツ整形外科を専門とし、多くのスポーツチームを支えるチームドクターとして活躍する一方、軟骨再生治療の研究者としても知られています。今回は、黒田先生の足跡をたどりながら、ICCRCの現在、そして目指す未来についてお話をうかがいました。

社会に貢献できる人を目指し父と同じ医師の道へ

医師を志したきっかけは、神戸で内科の開業医をしていた父の影響が大きいです。地域医療に尽くす父の背中を見て育ったので、同じ道に進むのは自然な流れでした。でも幼少期は、医師よりパイロットになりたかったんですよ。その夢を阻んだのが乗り物酔い。淡路島への家族旅行でよく利用したフェリーや九州の親戚に会うためにプロペラ機に乗ると、決まって気分が悪くなるんです。視力も良くなかったので、パイロットは泣く泣くあきらめました。高校生の時は建築家にも憧れましたが、芸術センスに自信が持てず、これも断念。直接的に社会や人に貢献できる職業に就きたいという意志は漠然と持ち続けていたので、それはやっぱり医師かなと思い、神戸大学医学部に進学しました。

整形外科医へと導いたラグビーとの出会い

学生時代に熱中したのはラグビーです。当時はラグビーブーム全盛期で、神戸製鋼のスター選手・平尾誠二さんに憧れ、医学部ラグビー部に入部しました。練習に明け暮れる日々で、教授からは「君は医学部ではなくラグビー部の人間だよね」と冗談を言われるほどでした。2学年上にはiPS細胞研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥教授(iPS細胞研究所)がおられ、一緒に楕円球を追った日々は良い思い出です。

整形外科に進むきっかけになったのは、ラグビーの練習中に負った大けが。その時の主治医の先生の的確な治療を受け、整形外科の重要性を実感しました。また外科と内科の臨床実習で受け持ちの患者さんが亡くなる辛さを味わい、それが比較的少なかった整形外科に惹かれたのも正直なところ。首から下の幅広い治療に携われる整形外科医の仕事はやりがいがあります。

現在はスポーツ整形外科を専門とし、ヴィッセル神戸をはじめ地元のさまざまなスポーツチームのチームドクターを務めています。そのきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災でした。当時、オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)のメディカルサポートチームに参加し、震災で落ち込んでいた神戸の人々が、オリックスのリーグ優勝に勇気づけられる姿を見て、スポーツの力を実感しました。それ以来、選手のサポートをライフワークにしようと決めました。

膝の痛みを抱える人々を救うために再生医療の研究に注力

診療と並行し、研究にも精力的に取り組んでいます。1997年から約4年半アメリカに留学し、幹細胞研究と出会い、再生医療の可能性に着目。帰国後すぐに理化学研究所と共同研究を開始しました。程なくして山中教授がiPS細胞の作製成功を発表され、尊敬する先輩と同じ再生医療の道を歩んでいることに誇りを感じました。

スポーツ選手に多いのが膝のけがで、超高齢社会の日本では約2000万人が膝痛を抱えていると言われています。膝痛は関節軟骨が傷つくことで起こるのですが、皮膚や骨と違って軟骨細胞は傷ついても自然再生せず、動きの制限や痛みが生じます。この難問を解決したいと注力しているのが膝軟骨の再生医療の研究です。患者さんから採取した軟骨細胞を培養し、損傷部位に移植する治療はすでに行われていますが、私が目指すのは、より簡単で患者さんの身体に負担の少ない治療方法の確立。本当に患者さんに届く研究をやっているか?と常に自問自答しながら努力を重ねています。

最新テクノロジーを活用し理想とする次世代医療を追求

神戸大学のリサーチホスピタルであるICCRCでは、研究開発を推進し、治療技術の向上や人材育成に取り組んでいます。その中でも大きな柱に掲げる、がんに対する先進的外科的・内視鏡的治療の推進については、国産手術支援ロボット「hinotoriTM」の適用を多診療科へ拡大中。隣接する神戸大学大学院医学研究科メドテックイノベーションセンター(MIC)では新規医療機器の開発を促進するとともに、同研究科に新設した医療創成工学科と連携し医療機器開発の人材育成にも励んでいます。また、ICCRCでは神戸未来医療構想の一環として、スマート治療室「Smart CyberOperating Theater(SCOT)」の導入を進めています。「SCOT」はIoTを活用し、手術室内の医療機器のデータを一元管理することで、医師が患者さんの状態をリアルタイムに確認しながら手術を進めることができる治療室。医師の判断をAIがサポートしたり、遠隔支援も可能となり、手術の安全性と効率の向上が期待されています。さらに、ICCRCを再生細胞医療拠点にする計画もあり、近く細胞培養加工施設を開設する予定です。

こうした体制整備の先に見据えるのは、最新テクノロジーを応用した効率的で安全なスマートホスピタルの実現です。医療費抑制や医師不足の解決には医療のデジタル化が急務。一方で、患者さん一人ひとりに最適な治療を提供するには、人の力が欠かせません。どこをデジタル化し、どの部分を人が担うのかを見極めながら、神戸市の支援のもと、神戸医療産業都市をその実証拠点として活用していきたいと考えています。

今後のICCRCに期待するのは、神戸発の新しい治療法や医療機器の開発です。2025年4月からは本院である神戸大学医学部附属病院病院長として、ICCRCとの連携を強化し、本当に良い治療を早く患者さんに届けることを目標に、スピード感を持って職務に取り組んでいきます。

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センターInternational Clinical Cancer Research Center

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センターHP:
https://www.hosp.kobe-u.ac.jp/iccrc/

2017年の開設以来、がんに対する先進的外科的・内視鏡的治療の推進を一つの柱とし、2020年12月に国産手術支援ロボットhinotori(TM)を導入、遠隔手術研究や新規医療機器開発を促進しています。実診療では外科系の10診療科を擁し、早期の消化管癌に対するESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)治療は安全で高いクオリティを保ち、患者さんの受入れ数もますます増加しています。昨年10月に開設された隣接するMICでは、神戸大学工学研究科と連携し医療機器シーズの探索・開発を進めるほか、開発人材の育成にも注力しています。

神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センター

提供 神戸都市振興サービス(株)

最先端のAI技術で「隠れたパンデミック」に挑む

カーブジェン株式会社

スマホアプリで画像の診断をサポート

病気の診断や治療に不可欠な医療用画像。それを読み解く専門人材の不在・不足が世界の医療現場で深刻化しています。この課題に対し、最先端のAI技術で貢献するためにカーブジェンは設立されました。2021年の創設当初から注力したのが、細菌感染症領域のAI画像解析ソフトウェアの開発です。動機について代表取締役CEOの中島正和氏は、世界を脅かす薬剤耐性(AMR)の問題を挙げます。AMRとは、感染症の発症時に検査で正確に病原菌を特定できず、不適切な抗菌薬の投与により害のない細菌まで排除してしまい、結果、薬が効かなくなることです。中島氏は「このままでは2050年には世界で年間1000万人がAMRが原因で亡くなると予想されているこの隠れたパンデミックと言われる大問題に我々の技術を生かしたいと思った」と話します。

「BiTTE®-Urine」は、神戸大学医学部附属病院などとの共同開発によって誕生したスマホアプリ型の細菌感染症菌種推定支援AIソフトウェアです。細菌検査の過程で検出される画像をスマホで撮影すると、AIがそれを読み取り、菌種を推定して、適切な抗菌薬の候補を提示します。スマートフォンさえあればアプリストアからダウンロードして使用が可能。中島氏は「高額な機器では本当に困っている人に届かない。へき地や離島でも使いやすいものにしたかった」と、スマホアプリにした理由を明かします。この使い勝手の良さと精度の高さから、世界各地での利用が広がっています。

拠点を置き、KBICの魅力を再認識

神戸で生まれ育ち、以前から神戸医療産業都市(KBIC)への思い入れが深かった中島氏。「神戸医療産業都市構想がスタートした1998年は、まだ街に阪神・淡路大震災の傷跡が残り、仮設住宅もあったころ。その中で新たな事業にチャレンジする神戸のバイタリティには感銘を受けた。さまざまな人のリーダーシップで構想が実現できたことは本当にすばらしい」と称賛します。KBICに拠点を置いてからは、その魅力を改めて実感し、「他の医療クラスターと比べると街の規模がコンパクトで動きやすく、アットホームな雰囲気。コミュニティーのメンバーの結束力も強い」と明言します。今後は、臨床研究などを通して、近隣の医療機関との連携を深めながら、事業のさらなる発展を目指します。また、医療DXやAIを活用した業務効率化にも貢献し、働き方改革や人手不足といった医療業界の課題にも対応していきます。2030年に予定されている神戸空港の国際化によって、世界との交流がさらに活発になることにも期待を膨らませています。

臨床現場での使用風景(神戸大学医学部附属病院 大路剛先生)

中島 正和 氏代表取締役CEO

豊かな文化と温かなコミュニティーが息づく神戸は、今や医療イノベーション最前線の地として世界に知られ、当社も地域の活力に背中を押されながら仕事に取り組んでいます。AIやバイオテクノロジーは身近な課題を解決する技術であることを、広く市民の皆さまに知っていただき、神戸の発展に寄与する事業を展開していきたいと思います。

中島 正和  氏

ライフサイエンス業界発展の一翼を担う保存容器を開発

神戸バイオロボティクス株式会社

現場の課題を解決するために

新型コロナ検査などにも使われているプラスチックの保存容器は、遺伝子情報や創薬に関する研究にも広く用いられています。神戸バイオロボティクスはその独自の技術で2次元バーコート付きの保存容器を製造。世界で約20%、国内で約50%の市場シェアを誇る業界のトップランナーです。電気工学を専門とする創業者が、当時はまだ未成熟だったサンプル保存容器に着目。自身の持つ工学的知識を応用し、バイオテクノロジーの市場に貢献したいと、2001年より開発・製造を開始しました。

従来の保存容器の管理は、人の手によるラベル書きや貼り付け作業が主流で、手間がかかるうえにヒューマンエラーや長期保管による情報消失のリスクがありました。そこで同社は、独自の成型技術を用いて使いやすい形状を追求し、高度なレーザーエッチング技術を駆使して、各容器に2次元コードなどの個別コードを付与。それらをスキャナで読み取ることで、大量の情報を効率的にパソコンで管理できるようにし、作業効率の向上やヒューマンエラー防止を実現しました。

メイドインジャパンへの信頼

2022年に神戸医療産業都市に開設した神戸南事業所(研究開発センター)は、神戸空港を対岸に望むポートアイランド南側に位置し、生産設備を備えた同社の重要な生産拠点です。自社開発の設備を導入し、生産工程のほとんどをオートメーション化することで、衛生面に配慮しながら生産効率を高めています。また近年は、成型時に発生する廃棄部分を再利用し、プラスチック使用量を50%削減するなど、SDGsへの取り組みも進めています。

「世界的な研究機関や製薬企業が集積する神戸医療産業都市に工場を構えることは、私たちの悲願だった」と感慨深く話すのは、常務執行役員の上野博之氏です。今後の展望について、「海外の競合メーカーに負けない品質の高さが当社の強み。メイドインジャパンへの信頼は揺るぎなく、その信頼をさらに高めていくことが目標」と語ります。また、自社の技術力を生かした新たな事業への挑戦にも意欲を示し、「実現に向けて、まず情報発信に注力し、当社の知名度を上げることが先決。今までは裏方に徹してきたが、神戸で連携できるパートナー企業や機関を探し、表に出る仕事もしていきたい」と力を込めました。

2次元バーコード付保存容器

上野 博之 氏常務執行役員

近年、バイオテクノロジー技術は目覚ましい発展を遂げ、ライフサイエンス業界は新たなステージを迎えています。当社では、日本製だからこそ追及できる品質や革新性をもった製品を提供することで、お客様のより生産的で効率的な研究や事業を支援し、ライフサイエンス業界と神戸医療産業都市の発展に貢献できるよう努力を続けてまいります。

上野 博之 氏