KBICで活躍するトップランナーたち

成宮 周

市民にとってより身近な神戸医療産業都市へ

成宮 周Narumiya Shuh

公益財団法人
神戸医療産業都市推進機構 理事長

神戸医療産業都市推進機構(FBRI)では2024年4月1日、本庶 佑理事長(現名誉理事長)からバトンを受け取った成宮 周氏(京都大学大学院医学研究科特任教授)が新しく理事長に就任しました。成宮理事長は京都大学医学部を卒業後、京都大学大学院医学研究科長などを歴任。薬理学・生化学分野で数多くの業績を挙げ、産学連携にも力を尽くしてきました。また、推進機構の理事や外部評価委員を務め、神戸医療産業都市(KBIC)の発展に寄与しています。成宮理事長の足跡をたどるとともに、視線の先にあるKBICの未来図について聞きました。

父親の期待を背負い文学より医学研究の道へ

理事長に就任してから、京都からKBICへ通うようになりました。神戸は美食のまちですよね。今は伝書鳩のような神戸生活ですが、少し環境が落ち着いたら、帰りにゆっくり三宮でおいしいものを食べるのを楽しみにしているんですよ。

実家は滋賀県にあり、代々続く医師家系の8代目として生まれました。幼い頃から本が好きで、読書にふける日々を過ごし、大学では文学部に行こうかと考えたこともあります。けれども、後継ぎを期待されていた私には、医学部に進学するのが自然なことでした。父は京都大学医学部を卒業後に太平洋戦争で出征し、戦後は暮らしを支えるため開業医になりました。

憧れだった医学研究ができなかったことを悔やみ、息子には研究をさせたい思いが強かったようです。それで私は父の夢を継ぎ、研究者の道を歩むことにしました。

偉大な師に学び、支えられ研究者として飛躍

大学に入ると大学紛争が始まり、不安が渦巻く中で、何事にも覆らない真理を探究したい気持ちが芽生えました。そこで、医学部卒業後は2年間の研修医生活を経て、医化学教室の大学院に進むことにしました。生化学研究の先駆者である早石 修先生(京都大学名誉教授)のもとで学び、西塚泰美先生(シスメックス名誉顧問)が拓かれた研究分野で、先輩の本庶 佑先生と研究に励んだ日々が、研究者としての私の土台をつくっています。また、大学院修了後に留学した英国ウエルカム研究所で、薬の研究に携わったことも、今の活動につながっています。師事したジョン・ベイン氏は、ACE阻害薬という高血圧の薬をつくり、アスピリン作用機構の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞するなど華々しい業績を残した人でした。彼の研究に触れ、創薬の世界は「サイエンスが薬をつくり、薬がまたサイエンスをつくる」というサイクルを描きながら進化することを学びました。ジョンには「ここでは何をやってもいい。自分で考えるんだ」と助言されたのですが、当時の私は未熟で、何一つ成果を残せませんでした。帰国後に自分の取り組むべき研究について熟考し、始めたのがプロスタグランジン受容体の研究です。そして、発熱や痛みなどで働くプロスタグランジン受容体を同定し、その機構を解明することができました。さらには、Rhoタンパクの研究にも挑み、細胞の形づくりといった細胞機能の発現にRhoタンパクが関与していることを明らかにしました。この2つの独立した研究領域を形成できたことは、大きな誇りです。

理屈だけでは改革できない自ら先頭に立って行動を

個人の研究活動に勤しむ一方で、産学連携の強化にも長年注力してきました。その代表的な一つが、日本の創薬における産学大型連携の原型となった、アステラス製薬と京都大学の共同研究事業「AKプロジェクト」です。これをモデルに、武田薬品など大手製薬企業4社にも協働を呼びかけ、大型の産学連携事業を行う場として「京都大学医化学研究科メディカルイノベーションセンター」を設立しました。また、大学の研究者たちが安心して産学連携に取り組めるよう知財管理体制を構築し、大学院の教育改革やスタートアップの育成にも着手するなど、さまざまな課題と向き合い、道を拓いてきました。

KBICがさらに進化するには、思い切った改革が必要です。空理空論は好きではありません。どのような問題もサイエンスと同じく、何がポイントかを明らかにし、どうすればブレイクスルーになるかを考えて動くことが大事です。行動のアイデアが浮かぶのは、決まって入浴中か布団の中。目覚めた時にさっと書き留められるよう、枕元にはいつも紙と鉛筆を用意しています。

KBICの未来のために揺るぎない基盤を構築したい

KBICのさらなる発展に向けて推進機構が取り組むべきことは、私の中でいくつか明確になっています。まず1つは、推進機構で行っている活動を神戸市民の皆さまに還元することです。例えば、神戸市や神戸大学と共同実施している「認知症神戸モデル※」がありますが、この優れた制度を他の疾患にも応用できないかと考えています。もう1つは、推進機構内で新薬の研究開発を進めることです。またそれらを基礎研究で終わらせず、ファースト・イン・ヒューマン(ヒトへの初投与となる臨床試験)に結びつけることが非常に大事だと思っています。そして最も重要なのは、いかにしてシーズ(研究の種)を生み出すかということです。神戸大学や理化学研究所、神戸市立医療センター中央市民病院など、さまざまな機関と連携を強め、継続してシーズを生み出せる環境をつくることも、推進機構の重要な役割です。

10年後には、地中から水が湧き出るようにこの地からシーズがあふれ、続々とスタートアップが誕生し、多くのファースト・イン・ヒューマンが行われている。KBICのそんな輝かしい未来に向けて、仲間とともに基盤づくりを行っていきます。KBICから生まれた新薬や医療技術によって神戸市民の皆さまの健康が見守られ、安心して暮らしていただくために、できるだけ早く成果を示せるよう精進していきたいと思います。

※認知症神戸モデルとは?
詳しくはこちら▶︎

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公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構Foundation for Biomedical Research and Innovation at Kobe

公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構HP:
https://www.fbri-kobe.org/

阪神・淡路大震災によって大きな被害を受けた神戸経済の復興事業としてスタートした神戸医療産業都市(KBIC)。その中核拠点として、2000年3月に財団法人先端医療振興財団として設立、2018年4月に現在の形で新たに発足した組織です。ミッションは、様々な医療課題を解決し健康寿命を延伸すること。組織を編成する先端医療研究センター、医療イノベーション推進センター、クラスター推進センターの3センターが、基礎研究の推進、医療技術の研究開発とその実用化、そしてKBICの企業・団体の事業化支援、連携の強化、国際展開、情報発信に取り組み、KBICの発展を促進しています。

公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構

提供 神戸都市振興サービス(株)

がん病巣をピンポイントでやっつける高度陽子線治療を実施

兵庫県立粒子線医療センター附属
神戸陽子線センター

身体への負担が少ないがん治療

兵庫県立粒子線医療センター附属神戸陽子線センターは、放射線の一種である陽子線を用いてがんを治す陽子線治療専門の医療機関です。陽子線とは、大きな加速器を使って陽子(水素イオン)を加速させ、エネルギーを高めたものであり、陽子線治療では、身体の外から病巣の深さや範囲に合わせて陽子線を照射し、がん細胞を死滅させます。1回の治療時間は準備を含めて20分程度で、陽子線の照射時間は1〜2分。治療回数はがんの種類や進行度によって異なりますが、入院の必要はなく、日常生活を続けながら治療を受けることができます。

陽子線治療の利点は、痛みや熱さなど治療に伴う苦痛がないことです。また、がん病巣だけを狙い撃ちするため、従来の放射線治療で使われるエックス線と比べると、病巣周辺の正常な細胞に与えるダメージが少なく、副作用や合併症のリスクを減らしながら優れた治療効果が期待できます。近年は治療成績の向上によって保険適用となるがん疾患が拡大しており、小児がんや成人の前立腺がん、膵がん、肝がんなどに加え、2024年6月からは早期肺がんも対象となりました。

ポートアイランド内の連携強化でより良い医療を

同センターは、日本初の小児がんに重点を置いた陽子線治療施設として2017年に設立されました。廊下で直結している兵庫県立こども病院と緊密な連携を図り、小児がんにおける陽子線治療の実績では設立初年度から全国トップレベルを誇ります。また、前立腺がんを中心とした成人のがん治療にも幅広く対応しています。今春より同センター長を務める徳丸直郎氏は「神戸低侵襲がん医療センターや神戸市立医療センター中央市民病院など、がん治療に注力する近隣の医療機関と各々の強みを生かした協力体制を取り、質の高い医療が提供できている」とこれまでの実績を高く評価。今後もより良い医療の実践に努めながら、「神戸医療産業都市内の医療関連企業との連携も模索していきたい」と抱負を語ります。また同センターでは、ホームページに寄せられる一般の方からの医療相談にも応じています。徳丸センター長は「陽子線治療はがん治療における選択肢の一つ。相談があった場合は他の治療法も含めて検討し、患者さまが最適ながん治療にたどり着くためのお手伝いをしたい」と力を込めました。

大人用照射室

徳丸 直郎 氏センター長

当センターでは毎週金曜日の夕方に施設見学(予約制)を実施していますので、興味がある方はお問合せください。また11月2日土曜に開催される「神戸医療産業都市一般公開」では加速器などの陽子線治療に使用する高機能医療機器を間近に見ることができる院内ツアーを予定しています。医療従事者を目指す中高生や陽子線治療に興味がある方など、ぜひこの機会にお申込みください。

徳丸 直郎  氏

IMDA国際医療開発センター

医療現場の様々な課題をIT技術で解決

ジーワン株式会社

ソフト開発技術を医療分野に応用

ジーワン株式会社は、1999年よりホスティングサービス、ウェブサイト、システム開発受託事業を主軸として成長してきました。その中で培った技術とノウハウを生かし、2009年より製薬会社の医薬品プロモーションに特化したデジタルマーケティング支援を開始。現在は医療・ヘルスケア分野のDXやアカデミアとの共同研究開発も手掛けるなど、医療・医薬品業界のITソリューションを中心とした事業を展開しています。

医療領域に参入した動機について、代表取締役CEOの森 啓悟氏は「大阪で事業をしていた頃、体調を崩して神戸市内の病院に入院し、療養中に見えた医療業界の課題をITの力で解決したいと考えた」と話します。かねてより、先端テクノロジーの導入やスタートアップ支援に前向きな神戸市の施策に注目し、グローバルな地域性にも魅力を感じていた森氏は、退院後に神戸への進出を決意。2021年には神戸医療産業都市(KBIC)に新たな拠点を開設し、「患者・家族・医師・エッセンシャルワーカーが、医療に向き合う時間をより多く創出する」というビジョンのもと、医療現場の業務効率化などに取り組んでいます。

医療課題に直接アプローチする

同社では近年、KBIC内の医療機関との共同研究を積極的に行っています。その一つとして、神戸低侵襲がん医療センターと、テレプレゼンスアバターロボット(遠隔自走型分身ロボット)を活用した実証実験を実施。書類・医薬品等の院内搬送や患者さんの遠隔でのケアといった看護師業務の、テレプレゼンスアバターロボットを用いた負担軽減の実現に取り組んでいます。また現在は、本研究の発展型プロジェクトである「スペシャルキッズ未来構想チャレンジコンソーシアム」を推進しています。これは、病気による長期入院や障がいなどの理由により、屋外活動や外出に制限のある子どもたちにテクノロジーの力でさまざまな体験機会を提供することを目的に始まったもので、2025年にはロボットを活用した大阪・関西万博パビリオンのバーチャルツアーを計画しています。森氏は「医療のIT化によって『あって良かった』と思ってもらえるものを、患者さんに直接届けることが目標。将来有望なスタートアップと協働しながら、その実現に向けてまい進したい」と熱く語りました。

「どこでも万博」公式ウェブサイト▶︎qr02

森 啓悟 氏代表取締役CEO

産学官があらゆる垣根を超え、一体となって医療課題の解決に取り組めるのがKBICの魅力。医療現場に当社の技術がインストールされ、幅広い世代に活用していただける未来を想像しながら、今後も努力を続けます。KBICの一員として、地域の医療現場を良くしたいという思いを強く持っていますので、ぜひご支援をお願いします。