KBICで活躍するトップランナーたち

髙橋 政代

iPS細胞による再生医療を身近なものに

髙橋 政代Takahashi Masayo

株式会社ビジョンケア
代表取締役社長

理化学研究所の網膜再生医療研究開発プロジェクトをけん引し、2014年に世界初のiPS細胞を使った網膜細胞移植を実現した髙橋政代氏。その報告に世間が沸き、眼の難病に苦しむ患者さんへ希望を与えました。あれから約10年。長年に渡り世界の再生医療研究をリードしてきた髙橋氏は今、経営者として眼科領域に限らず広く医療にイノベーションを起こす活動を精力的に行っています。新たな視点から見る再生医療の現在地とその先に描く未来についてうかがいました。

毎日が楽しくやりがいを感じる会社経営こそ適職かも

今は経営者、眼科医、研究者と3つの顔を持っていますが、2019年に理化学研究所を退職して株式会社ビジョンケアの社長に就任してからは、すっかり経営者の思考になりました。スケジュールに追われる日々でも、人生の幸せ度は90%。良いリズムで歯車が回っていて、毎日がとても楽しく充実しています。昔から眼科医としての腕には自信がありましたが、もしかすると会社経営の方が私には合っているのかもしれません。

もともと出世欲や金銭欲はないのですが、ハッピーでいたい欲はかなり強いほう。患者さんを幸せにするためには、まず自分の心のコンディションを良好に保つことが大事だと思っています。好奇心も尽きることがなく、常に動いていたいタイプ。世の中の流れは速く、考えている間に追いつけなくなるので、とりあえず興味のあることには飛び込んでみて、どうにかもがいて先頭までたどり着く「行き当たりバッチリ」の人生を送ってきました。その原点は米国のソーク研究所で働いた研究員時代にあります。34歳で世界の先端的な研究に携われる幸運に恵まれ、とても刺激的な時間を過ごしました。その時に味わった先頭で風を切る高揚感と心地良さが忘れられず、挑戦を続ける原動力になっています。

仲間と共に努力を積み重ね再生医療を社会実装へ

研究者としての最大の挑戦は2014年、患者さんのiPS細胞から作った網膜細胞を用いて眼の難病を治療する臨床試験を世界で初めて実施したことです。プロジェクトメンバーらと共に成功を収め、世界中から期待の眼差しが向けられました。けれども、最初の手術は象徴として科学的に最高の治療で時間も費用もかかりすぎたため、スタンダードな治療にするには異なる手法が必要でした。

そこでまず、2017年8月に医療ベンチャーのビジョンケアを立ち上げ、12月には神戸市の支援のもと、再生医療の研究、臨床応用、治療、ケア、社会実装を行う日本初の公的施設である神戸アイセンターを神戸医療産業都市に開設しました。さらに2020年に遺伝子治療の開発等を担う株式会社VC Gene Therapyを、2021年には再生医療・細胞治療の実用化を推進する株式会社 VC Cell Therapyの2つの子会社を立ち上げ、より良い治療を一日も早く患者さんに届けるために努力を重ねてきました。網膜再生医療の安全性と有効性の向上を目的に、iPS細胞の培養作業の一部自動化を汎用ヒト型ロボットLabDroid「まほろ」によって実現し、現在は細胞製造工程を徐々にAIロボットに移行しようと取り組んでいるところです。いよいよ多くの患者さんに治療として提供できる段階が見えてきました。

iPS細胞治療が日本の医療制度を変える

また、この革新的治療をどうやって普及させるかという難題にも取り組んでいます。その手段として注目しているのがAIです。私たちが長年培ってきた技術や知識をAIに落とし込むことで普及の効率化を図りたいと考えています。

ただ、大きな壁となっているのが日本の医療システムです。高コストな再生医療をいち早く患者さんに届けるためには経費面の課題をクリアする必要があります。現在の国民皆保険制度だけに頼るのでは、再生医療にかかる高額な費用をまかなうのは難しいということが1例目のiPS細胞の臨床試験を通して見えてきました。この問題の解決策として考えているのが高額な医療費を補償する民間保険の活用です。民間の生命保険・医療保険の中には、わずかな負担で先進医療特約を追加できるものがあり、そうした仕組みを使って再生医療を早く患者さんに届けることができないか考えています。こうした新たな医療の仕組みづくりへの挑戦も当社が掲げる目標の一つです。

神戸だから成し遂げられた夢今後も変わらず追い続けたい

私は2006年に理化学研究所へ入所して以来、神戸を基盤にさまざまな夢や目標を成し遂げてきました。それは神戸特有の「新しいことを受け入れる気風」に支えられているところが大きいと思っています。神戸港開港後、異国の文化や習慣を積極的に取り入れ、国籍を超えて共生する中できっとこの気風は育まれたのでしょう。眼科に適した院内機能と人材を備える神戸市立神戸アイセンター病院を運営できているのも、神戸市の力強い支援があるからこそ。京都大学医学部附属病院で働いていた頃から抱いていた「世界水準の眼科専門病院を作りたい」という私の理想に耳を傾け、背中を押してくださったことは大きな励みになりました。また、神戸医療産業都市には医療イノベーションを起こすのに必要なインフラが全て整っており、心置きなく活用させてもらえるのも大変幸せなことだと感謝しています。

次世代を担う神戸の若い人たちは、ぜひアイデアと好奇心、情熱を持って新たなことにどんどん取り組んでください。大きな志がなくても大丈夫。目の前の小さなチャレンジからでいいのです。小さな成功体験を積み重ねていく中で自信が芽生え、人望も集まるようになると加速度的に大きなチャレンジへの道が拓けます。

かくいう私も、実はそろそろ次の世代に引き継ぎたいと準備もしているのですが、次から次へとやりたいことが出てきて、当分は社長業を続けなければいけない状況になってきました。これからも私らしく楽しみながら、患者さんや日本の医療のために力を尽くしたいと思います。

株式会社 ビジョンケアVision Care Inc.

株式会社 ビジョンケアHP:
https://www.vision-care.jp/

ビジョンケアグループは、視覚障害者が抱えるあらゆる問題を解決するため、研究・臨床・患者ケアを一体化させた神戸アイセンター構想のもと、iPS細胞の世界初の臨床応用に成功したチームによって設立されしました。神戸市立神戸アイセンター病院、公益社団法人NEXT VISIONと連携して、目の病気や障害に苦しむすべての患者さんを支援する事業を展開しています。

株式会社 ビジョンケア

神戸大学統合研究拠点アネックス棟

産学官一体でバイオ医薬品の製造技術を研究

次世代バイオ医薬品製造技術研究組合

世界が注目するバイオ医薬品

近年、バイオテクノロジーを用いて作られるバイオ医薬品の研究開発が世界中で活発化しています。2013年に設立した次世代バイオ医薬品製造技術研究組合(MAB)は、経済産業省に認可された技術研究組合であり、バイオ医薬品の製造に必要な高度で高効率な技術の研究開発を共同で行う非営利共益法人です。35企業11大学等の組合員と13企業の賛助会員で構成(2024年2月時点)され、さまざまな課題の解決に向けた共同研究を進めています。現在は国立研究開発法人日本医療研究開発機構が実施する研究開発事業に取り組んでおり、バイオ医薬品の中でも、特に抗体医薬品の新しい生産プロセスの開発や、遺伝子・細胞治療用ベクター(治療用の遺伝物質を細胞内に届けるツール)を大量生産する製造技術の研究開発に注力しています。「2000年代以降、特に抗体医薬品の発展が目覚ましく、より安定した使いやすいものへと進化しています。がんやアルツハイマー病などの難病に対する抗体医薬品の開発も進み、将来的には世界の医薬品売上の半分を占めるのではと言われるまでになりました。しかし、製造に費用や手間、時間がかかることが問題視されており、治療効果の高い抗体医薬品を効率よく作る研究が望まれています」と現状について話すのは、MABプロジェクトリーダであり大阪大学教授の大政健史氏です。

培養装置と精製装置

バイオ創薬の未来を支える活動

MABでは東京・神戸に本部を構え、全国6カ所に集中研と呼ばれる製造拠点を設置しています。神戸本部・神戸GMP※集中研は重要拠点の一つで、神戸医療産業都市(KBIC)の神戸大学統合研究拠点アネックス棟内にあります。充実した実験設備と安全管理体制が整っており、組合員が各々の研究を検証する場として活用するほか、バイオ医薬品の開発・製造に関わる高度人材の育成、アジア太平洋経済協力(APEC)の医薬品査察官への教育研修なども実施しています。また、神戸拠点独自のプロジェクトも進行中で、肺気腫の治療に用いる抗体医薬の研究や、組合員でKBICの進出スタートアップでもあるシンプロジェン社と新型コロナウイルスワクチンの新たな製造プロセスに関する共同研究などが行われています。大政氏は「KBICのすばらしい研究環境は唯一無二。バイオ医薬品の分野へ新規参入を目指すスタートアップに居心地の良いエコシステムを提供していただき、当組合が製造面をサポートしていきたい」と展望を語ります。

※医薬品の製造管理と品質管理に関する国際基準。

大政 健史 氏MABプロジェクトリーダ 大阪大学教授

関西は昔から酒造りが盛んで、バイオものづくりが発展してきた地域。その中でも神戸には世界有数のバイオクラスターがあり、産学官が集結してバイオ医薬品の高度製造技術を開発できる恵まれた環境が整備されています。市民の皆様にはこのようなすばらしいエコシステムが神戸にあることを知ってもらい、誇りに思ってもらえれば幸いです。

大政 健史 氏

がん治療の可能性を広げる温熱療法を提供

神戸低侵襲(ていしんしゅう)がん医療センター

がん細胞を加温して死滅させる

神戸低侵襲がん医療センター(KMCC)では、放射線治療や薬物療法を中心とした「切らずに治す」がん治療や心身の苦痛を和らげる緩和ケアに取り組んでいます。また、2023年からはハイパーサーミア(温熱療法)を開始しました。この治療法は、熱に弱いがん細胞の特性と、人間の細胞は42.5度以上で死滅するという原理を利用したものです。ベッドに寝ている患者さんの身体を電極盤で挟み、8MHzのラジオ波を患部に流して40分程度加温することで、がんの領域を選択的に温度上昇させがん細胞を破壊します。治療に伴う痛みや副作用がほとんどなく、血液がん以外のあらゆるがんや再発がん、転移性がんに適応できることが大きな利点で、放射線治療や薬物療法などとの併用により治療効果の増大が期待されています。さらには、がん細胞を攻撃する身体の免疫が活性化したり、食欲増進や痛みの緩和につながったりする効果もあります。

「保険適用になって30年以上経つ治療法ですが、臨床上の効果が不確かであまり認知されていませんでした。しかし、最近は治療装置の改良や温熱療法と併用できる抗がん薬が増え、治療効果も上がってきています」と藤井正彦病院長。KMCCでは表在性の腫瘍である乳がんだけではなく、深在性の直腸がんなども著しく改善したことに手応えを感じ、温熱療法の可能性を広げたいと考えています。「兵庫県内ではまだハイパーサーミアを導入している病院が少ないので、連携を図り多くの患者さんに提供していきたいです」

切らないがん治療をさらに追求

またKMCCは臨床研究にも重点を置いており、現在は神戸医療産業都市の進出企業であるマイテック社と温熱療法の治療効果を測る評価法の共同開発などを行っています。藤井病院長は「ポートアイランド内の企業と連携できるのは神戸医療産業都市を基盤とする大きなメリット。今後は神戸市や神戸医療産業都市推進機構にマッチングを支援していただき、共同研究を増やすことが目標」と抱負を語ります。

2024年度は手術や薬物療法、放射線治療などを補う「補完代替医療」にも注力し、「諦めないがん治療」をスローガンに掲げると明言。がん細胞が活動しづらい体内環境をつくるアルカリ化食事療法など、患者さんやご家族に寄り添った治療の提供を目指しています。

ハイパーサーミア(高周波温熱治療)治療器

藤井 正彦 氏理事長・病院長

医療の進歩により、がんになっても社会生活を営みながら治療ができる時代になりました。手術以外の治療手段も増えているので、病院で手術を勧められたときは、切らずに治せる手立てがないかについても模索してみてください。当院では今後も「切らずに治すがん治療」、そして「諦めないがん治療」を実践し、治療の選択肢を広げていきます。