KBICで活躍するトップランナーたち

西田 栄介

研究を重ねて生物の基礎を明らかにし
ヒトの健康寿命の延伸につなげることが使命

西田 栄介Nishida Eisuke

理化学研究所 生命機能科学研究センター センター長

神戸医療産業都市では、国内外から多くの優れた研究者や技術者たちが集まり、健康長寿社会の実現に向けた取り組みを進めています。その中核を担う研究機関が「理化学研究所 生命機能科学研究センター」(理研BDR)です。2018年4月よりセンター長を務める西田栄介氏は長年、老化と寿命に関する最先端の研究を続けている世界のトップリーダーです。西田氏に自身の研究のこと、理研BDRの現在の活動や求められる役割、今後のビジョンなどについてうかがいました。

西田センター長自身が取り組む研究内容とモットーを教えてください

線虫という全長わずか1mmほどの生物を使って、老化がどのように制御されているか、どのようなメカニズムで寿命が決まるかなどを追究しています。線虫の遺伝子の7割がヒトと相同であることがわかっており、1990年代には線虫の1つの遺伝子が変異することで寿命が3倍にも延びることが発見されました。この発見に刺激を受け、私も線虫を用いた老化と寿命の研究に取り組み始めました。線虫を通して生物の老化と寿命の仕組みを明らかにし、ヒトの健康寿命の延伸につなげることが日々の研究の目的です。

私の研究のモットーは、まず一つにチームワークを大事にすることです。自分一人では達成できないことも、チームで取り組めば可能になります。チームで一つの目標に向かい切磋琢磨する過程が、研究をやっていて一番楽しい時だと思います。もう一つが、研究者一人一人をリスペクトすること。私も含め皆が対等な立場でディスカッションを行い、互いを高め合い、研究の喜びや苦労を分かち合いながら共に前進するのが理想です

また、研究者や学生がモチベーションを高く持って研究を進めていける環境づくりにも取り組んでいます。

理研BDRが今、進めているのはどのような研究ですか?

私たちの最大のミッションは、ヒトの発生、誕生、老化、死までを分子レベルで理解し、健康寿命の延伸につなげること。実現に向けて理研BDRにある60以上の研究室がそれぞれの特性を活かし、あらゆる角度から研究を進めています。たとえばあるチームでは、試験管内でつくるミニ臓器(オルガノイド)の作製に注力し、臓器の成り立ちを追いながら再生医療への応用に向けて努力を重ねています。また、卵子の老化に熱心にアプローチしている研究者もいます。世界に誇る非常に優秀な人材が集まっていることが理研BDRの強み。各々が使命感を持ち、最先端の研究に汗を流しています。

どの国よりも早く高齢化社会を迎えている日本が健康寿命の延伸にどう取り組んでいくかは、世界からも注目されています。私たちの研究に期待を寄せてくださる市民の方々とも常に交流を図りながら、ミッションを成し遂げたいと考えています。

神戸医療産業都市における理研BDRの役割とは何ですか?

理研BDRに求められているのは、基礎研究に重きを置きながらさまざまなイノベーションへつなぐ橋渡しまでを行う、神戸医療産業都市の中心的な役割を担うこと。各チームや研究室が企業と連携を取り進んでいる共同研究もたくさんあります。空調機メーカーのダイキン工業とは連携センターを組織し、さまざまな温湿度環境下での疲労度の違いを調べる臨床研究を行っています。また大塚製薬との連携センターでは、発生・再生研究の創薬応用を目指しています。このように、健康・医療産業の発展につなげることにも尽力しています。

一方では、市民の期待に添う研究を進めるため、「開かれた研究室」を意識した取り組みも行っています。私たちの活動を身近に感じてもらえるよう、高校などからの団体見学を随時受け付けています。また年に一度の一般公開では研究者が自らの研究を紹介し、参加者からは高い評価を得ています。市民の皆さんとの交流を通して思うのは、神戸の人はサイエンスに対する成熟度が高いということ。毎年参加してくださる家族連れがいたり、おもしろかったという声を聞いたりすると、楽しみながらサイエンスに親しみ、身近に感じてくださっていると実感します。研究の一端に触れてもらう環境を積極的に提供することも理研BDRの役割でしょう。市民と関わりを持つことは研究者にとっても必要なこと。人々の反応を知り、生の声を拾う経験はモチベーションを高めることにつながり、研究にも活かされています。

理研BDRの今後のビジョンと、実現に向け必要なことを教えてください。

基礎研究から臨床研究、病気の予防や治療まで、1区域で一体的に進められるのが神戸医療産業都市の一番の魅力です。それがよりスムーズに行われるように理研BDRの研究者が一丸となって努め、都市の発展や医薬品・医療ロボットなどの産業化に貢献できれば幸せです。

昨今、研究費が削られ、研究職を目指す若者の減少が危惧されていますが、私は決して悲観していません。当センターには将来有望な若手の研究者が大勢いますし、一般公開に参加してくれる小学生からも研究者になりたいという声は聞こえてきます。研究の楽しさだけでなく、役立つこと、市民にも期待されていることが実感できれば、多少の困難さはあってもこの道に進もうと思ってくれると信じています。

この先、私たちが志高く研究を続けていくために、また研究者の卵が大きく育っていくために、市民の皆さんにお願いがあります。要望、批判、応援などどんなことでも構わないので、私たちに声を寄せてください。無関心ほど張り合いのないものはなく、どんな形でも研究に関心を持ってほしいのです。皆さんからの声に研究者たちは大変励まされます。生命科学・医学の研究にはロマンがあります。そのロマンを一人でも多くの市民の方に感じていただき共有できればうれしいですね。

理化学研究所 生命機能科学研究センターRIKEN Center for Biosystems Dynamics Research

https://www.bdr.riken.jp/

理化学研究所は1917年に創立した日本初の自然科学の総合研究機関です。国内に10、国外に5つの研究拠点があり、神戸医療産業都市には生命機能科学研究センター(BDR)のほか、スーパーコンピュータ「京」を擁する計算科学研究センター(R-CCS)と「健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス」を推進する科技ハブ産連本部関西拠点を設置しています。理研BDRでは、個体の一生を支える生命機能の解明をテーマに、発生・成熟・老化から生命の終焉に至るまでのライフサイクルの理解と、その応用に基づく再生医療や診断技術の開発に取り組み、健康寿命の延伸に貢献することを目指しています。2014年のiPS細胞を用いた世界初の移植手術(加齢黄斑変性という目の疾患を持つ患者さんへの移植手術)は、理研BDRの前身の一つである多細胞システム形成研究センター(当時)と、神戸市立医療センター中央市民病院、先端医療センター病院(当時)との協同で実施されました。

理研BDR-大塚製薬連携センターや理研BDR-ダイキン工業連携センターを始め、企業との共同研究を複数実施しています。また神戸大学や京都大学など関西地区の大学の研究科(連携大学院)を通して大学院生を受け入れ、生命科学を担う次世代の人材育成にも取り組んでいます。

理化学研究所 生命機能科学研究センター

高い研究開発力で、日本発の革新的な
医薬品創出を目指す

日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社 神戸医薬研究所

創業130余年。ドイツの製薬企業

ベーリンガーインゲルハイムは1885年、ドイツで創業された老舗企業。ドイツ国内と神戸をはじめとする世界4カ所の研究拠点を持つ研究開発主導型の製薬企業で世界トップ20製薬企業の一つです。創業以来、株式を公開しない独立した企業形態を保持していることが大きな特徴で、安定した経営基盤の上で新薬の研究開発を行っています。

「Value through Innovation (VTI)~イノベーションによる価値~」の創出を目指す企業理念のもと、世界で約5万人の社員が医療用医薬品、アニマルヘルス、バイオ医薬品受託製造の3つの事業分野において研究開発、製造、販売に携わっています。医療用医薬品では「心血管代謝系」、「中枢神経系」、「免疫系・呼吸器系」、「がん・腫瘍免疫」の4つの疾患領域を中心に研究開発を推し進めており、現在治療ニーズが満たされていない疾患の治療と人々の健康増進への貢献を目指しています。

グローバルな研究開発拠点

日本へは1961年に進出し、1969年には兵庫県川西市に研究所を設立。世界の拠点の中でもアメリカより先に開設され、重要な拠点として根付いてきました。

神戸医薬研究所は、2008年、川西市の研究所を発展させ新たな研究開発拠点として、神戸医療産業都市に開設されました。

新薬研究開発はドイツ、アメリカ、オーストリア、日本など4カ所にある研究拠点が一体となり、それぞれに役割を担いながら進めていますが、神戸では特に日本やアジア各国の大学や医療関連企業・研究機関などが持つ優れた先端科学技術やアイデア等を汲み取り、一体となってグローバルな研究へと結びつけ、日本発の世界的な新薬開発へと繋げていくことを目指しています。例えば、薬物トランスポーター(体内で薬を運ぶ役割を持つタンパク質)や錠剤の設計など、現在、世界の中でも日本で特に進んでいる研究分野について、その強みを生かし関係大学などと連携して共同研究に力を注いでいます。

また、患者さんや医療現場のニーズは国別に異なることがあります。例えば、日本人にとって飲みやすい剤型の開発など、情報やデータを活用して、日本人のニーズにあった製品開発を行うことも重要な役割のひとつです。

近隣に、理化学研究所をはじめとする研究機関や大学、医療関連企業、神戸市立医療センター中央市民病院などの高度な専門病院群が集積する、神戸医療産業都市の環境を生かして、共同研究や研究者同士の情報交換や交流を行ったり、整備された専門実験施設などを活用したりしています。さらに新幹線新神戸駅、関西空港、神戸空港などを擁する好アクセスを活用し、東京の日本本社をはじめ海外の各拠点との連携もスムーズに行っています。

神戸医療産業都市の一員として、年1回開催される一般公開イベントにも参加しており、市民とのふれあいによって研究者も大きな刺激を得ています。

今後も神戸を拠点として日本、アジアの研究開発力を結集し、日本発の新薬、新たな技術の創出を目指していきます。

和田 耕一 氏神戸医薬研究所長

現在、医療領域でのイノベーションを起こすためには、製薬企業だけではむずかしい時代となっています。神戸医療産業都市にはアカデミア、ファンド、製薬企業など、重要な役割を持った人たちが連携して活躍できる環境が十分整っています。今後、それぞれがより広い視野でこの環境をさらに生かしてパワーアップし、神戸が世界におけるイノベーションの中心となるよう期待し、我々も務めていきます。