KBICで活躍するトップランナーたち

髙橋 政代

視覚障がい者のトータルケアに力を尽くす

髙橋 政代Takahashi Masayo

株式会社 ビジョンケア 代表取締役社長

iPS細胞を使い網膜の病気を治療する臨床研究のプロジェクトリーダーとして、辣腕を振るってきた髙橋政代氏。再生医療の実用化に向けた動きを一層加速させるため心機一転。2019年8月からは民間企業の「ビジョンケア」代表取締役社長に就任しました。紆余曲折だったと言うこれまでの歩みを振り返りながら、今の思いや新たなポジションから見えたビジョンなどを改めて語っていただきました。

米国留学中の神経幹細胞との出会いが大きく私の人生を変えた

我々の眼科チームがiPS細胞を用いて世界初の網膜細胞移植を実施し、一躍話題になったことで、私を研究者だと思っている人も多いかもしれませんね。でもそれは大きな間違い。私は根っからの臨床家です。京都大学医学部を卒業して眼科医の道を選びましたが、35歳までは敷かれたレールの上を歩いてきました。転機は1995年、脳外科医の夫に付いて留学した米国サンディエゴで訪れました。夫の手伝いでソーク研究所の研究員となり、脳の分野で注目され始めていた神経幹細胞と出合ったのです。これを応用すれば難治である網膜の病気を治せると手応えを感じました。眼科領域ではまだ誰も知らない事実。今、私が取り掛からないと5年は治療が遅れると思い、眼科医としての義務感と高揚感に背中を押され、前に突き進みました。

変化をいとわず恐れず自分が行くべき道を切り開く

これまでの私の人生は目まぐるしく変化してきました。国が提唱する未来社会のコンセプト「ソサエティ5.0」になぞらえてみると、1.0は京大病院で臨床に全力投球だったころ。手術をバリバリこなし、病棟の責任者も務めていました。2.0が先ほど話した米国留学時代。帰国後は臨床をしながら小さなラボを始め、京都大学附属病院探索医療センター開発部の准教授になったころが3.0。その後、臨床に向けた研究に本腰を入れるために理化学研究所に入所したのが4.0です。

今思えば、4.0が私の人生で最大のターニングポイントでした。理化学研究所への道が開かれたとき、積み上げてきた眼科医としての地位と恵まれた環境をすべて捨て、ライフワークだった手術をやめてまで新しいフィールドに飛び込むことは、かなり大きな決断でした。臨床を離れ、一流の研究者の中で本当にやっていけるのかという怖さもあったのです。けれども、理化学研究所での研究が上手く回り始め、ラボが大きく成長して。一例目の網膜細胞移植が実現したことが何よりの自信につながりました。違う分野でゼロから始めても、たとえ環境が変わっても、私は大丈夫なんだと。今回、ビジョンケア・神戸アイセンターの専任となったことが5.0になるわけですが、周囲の驚きとは裏腹に、私にはやれるという確証がありました。そして、時は「今」なのだということも。

神戸だからこそ実現できた夢だったアイセンターの設立

私はやりたいことにまい進していると、既存の枠からはみ出してきてしまうんです。そんな時は「今の自分が思い切りやれる場所はどこか」ということにアンテナを張ります。海外の企業と研究を進めたり、経済界に向けて講演をしたりと、最近の自分の活動がどんどんビジネス寄りになってきたことが、次のステージに踏み出す一つのきっかけでした。大きな研究環境ではできないことを、もっとフットワーク良くやっていきたいと思っています。

今後はAIがどんどん参入し、医療は病院から解放されていくでしょう。病院も医療から解放されるべきで、病気を診るだけではなく、患者さんをトータルケアできる場所でなければなりません。それを実現したのが神戸アイセンターです。一流の研究機関と一流の臨床機能を併せ持った施設の設立は、私が神戸に来た時からの悲願でした。最先端の治療を行うためには、一般的な治療が完璧に近い形で完結できるスペシャリストの存在が不可欠です。現在院長を務める栗本康夫先生は、神戸市立中央市民病院時代に眼科部長として、大学病院と同等の眼科専門外来を構築した実績があります。彼の立派な仕事ぶりに触れ、神戸なら私の夢を形にできると5年かけて構想を練り、神戸市や神戸市民病院機構の多大なる理解のもと実現しました。

5年後の大阪万博で真のインクルーシブを発信していきたい

神戸アイセンターの特徴は、メインフロアにロービジョンケア※を目的としたビジョンパークを備えたことです。視力低下で困難を抱える人が日常生活を取り戻すために訓練や体験をする支援空間ですが、あえてバリアフリーにはしていません。一歩社会に出れば危険と隣り合わせ。「安全に配慮したリスク」を設け、視覚障がい者を守りすぎないという概念を広げることも目的です。また、一般の人も気軽に利用できるようおしゃれなデザインにし、新しい交流が生まれるようにしました。有能な建築家のおかげで、ビジョンパークが世界三大デザイン賞の一つ「IDEA2019」を受賞できたことは私たちの誇りです。

私の次なる目標は2025年開催の大阪万博。視覚障がい者への誤解や偏見をなくし、本当の意味のインクルーシブ(共生)を万博の会場から世界へ発信していきたいと思っています。国内の方はもちろん、万博に来た海外の人たちも日本で再生医療が受けられる体制を整備したいと、アイデアを練っているところです。市民の皆さん、ぜひ期待していてくださいね。
※ 視野や視覚に障がいがある人の残存機能を最大限に生かして生活の質を向上させるケアのこと

「IDEA2019」受賞盾

株式会社 ビジョンケアVision Care Inc.

https://www.vision-care.jp/

神戸アイセンターは、眼科疾患の治療から、見えない、見えにくい方への生活支援、そして新たな治療法の研究開発までトータルで行うことができる日本で唯一の施設です。現在の治療では改善できない疾患を持つ方に、文字を音読する眼鏡などの新しいテクノロジーや生活情報を提供し、見える人、見えない人が当たり前に共存する場を一つ屋根の下に備え、新しい治療法の開発にも取り組んでいます。株式会社ビジョンケアは、神戸アイセンターの運営、眼科領域・再生医療領域における研究・開発、ロービジョン者への就職支援・生活支援を行っています。2019年8月、髙橋政代氏が同社の代表取締役社長に就任。民間企業とアイセンターのつなぎ役として新しい事業を次々生み出すことを目指し、新たなスタートを踏み出しました。

株式会社 ビジョンケア

眼に関する総合的支援を行うワンストップセンターの核

神戸アイセンター病院

標準医療から最先端高度医療まで

神戸アイセンター病院は、神戸市立医療センター中央市民病院と先端医療センター病院の眼科機能をまとめ、より拡充させて、2017年12月1日に開院しました。最も大きな特徴は、日本初の眼に関するワンストップセンター、神戸アイセンター内の病院であることです。ワンストップセンターとは、研究・治療・視覚障がい者支援が一つにまとまり、互いに連携している場です。同病院はその核となる治療部門を担っています。

眼は小さな臓器ですが、専門領域が非常に細かく分かれる特殊な器官で、疾患も多種多様です。同病院では、成人を対象とした疾患のすべてをカバー。アイセンター内で研究開発と治療が一体化していることで、標準医療から、日本初、世界初の最先端高度医療まで高い水準で行えます。院長の栗本康夫氏は「すべての患者さんに何らかのソリューションを提供可能です。将来、実現するであろう『今はない治療』の情報も紹介できます」と話します。

さらに、センター内にある、視覚障がい者支援を幅広く行うビジョンパークとの密接な連携も、画期的な特徴です。残念ながら「今ある治療」では見えるようにならない視覚障がいのある方にとって、見え方の問題だけでなく、情報が取れないという点も大きな問題です。人は情報の8割程を視覚から取るとされており、視覚障がいは、いわば“情報障がい”とも言えます。ビジョンパークでは、その点についてもさまざまな解決策を提案できます。就学や就労などの社会復帰支援をはじめ、障がい者スポーツの紹介なども行っています。栗本氏は「見えなくなって家にこもりがちだった患者さんが、ビジョンパークの設備でボルダリングを始めてから、とてもアクティブで明るくなられて、私たちも嬉しかったですね」と、手応えを感じています。

チーム医療のさらなる充実を目指す

神戸市の眼科中核病院としての役割も大きく、地域に密着し、市内各医療機関との連携、治療体制が整えられています。また、救急医療に関しても中央市民病院と連携して、中央市民病院救急外来で24時間365日、当直1人体制で対応しています。

中央市民病院をはじめ、神戸医療産業都市内にある医療機関や研究施設との繋がりは強く、栗本氏は「iPS細胞を用いた世界初の移植手術の成功についても、当院の前身である中央市民病院の眼科と先端医療センター病院、理化学研究所などが非常に緊密に協力することで成し遂げられました」と振り返ります。現在も、理化学研究所と共同で進める研究があり、眼の病気に関する新たなソリューションの創出を目指します。

今後も眼科中核病院として地域医療をベースとし、質の高い標準治療から最先端高度治療まで、より早くより安全に提供すべく、チーム医療のさらなる充実を図っていきます。

栗本 康夫 氏病院長

神戸市民の皆さんの眼の病気の“最後の砦”として、引き続き、ご信頼を得られるように全力を尽くしてまいります。「今ある治療」の中での先端治療をいち早く提供できるようにし、さらに、「今はない治療」を開発、神戸をはじめ全国、そして世界の患者さんに貢献していきたいと考えています。

世界に先駆けて安全な再生医療製品の
安定供給を目指す

大日本住友製薬株式会社 再生・細胞医薬神戸センター

再生・細胞医薬研究の先駆者

従来の医薬品や手術での治療が難しい病気に対し、新たな治療法として世界的に注目される再生医療。化合物による薬などではなく、細胞を用いて機能の再生を図るものです。100年以上の歴史を持つ大日本住友製薬では、力を注ぐ3つの研究分野の一つに「再生・細胞医薬分野」を掲げています。その研究の本拠地が「再生・細胞医薬神戸センター」で、2014年4月に開設されました。

同社は1990年代から本格的に中枢神経系の再生研究に取り組んできたこの分野におけるトップランナー的存在です。中枢神経は脳と脊髄にあり、身体全体に広がる末梢神経と異なり、再生が難しいとされてきました。たとえば、足や指が損傷を受けてもその末梢神経は再生することもありますが、脳梗塞や脊髄損傷などにより1度切れてしまった中枢神経は元に戻りません。

取締役常務執行役員の木村徹氏は、「最初は神経の切れた線維を再び伸ばそうと考えていたのですが、しだいに神経細胞そのものを移植したり再生したりできるのでは…と研究がシフトしていきました。iPS細胞を使った共同研究を2011年に始めており、もっと本格的に取り組もうとしていた2012年に京都大学の山中伸弥先生がiPS細胞の発見でノーベル生理学・医学賞を受賞され、追い風となりました」と、再生医療研究が一気に加速したと言います。

神戸医療産業都市に拠点を置いた理由を、「再生医療に関連の深い発生生物学の世界的な研究拠点、理化学研究所があり、その近くに研究所を置きたかったのが第一です。元々、共同研究を行っていましたし。さらに、関連企業や団体も多く、物理的にも近いので連携しやすい環境が整っています」と話します。稼働して5年。「先端医療産業都市として有機的に機能しているのは、日本で唯一と言ってもいいのでは」との実感を持っているそうです。

実用化へ高まる期待に応える

「再生・細胞医薬神戸センター」が関わり、同社で事業化が進められている研究は、「加齢黄斑変性」「パーキンソン病」など6つあります。「加齢黄斑変性」は、世界初のiPS細胞を用いた手術対象となった眼の難病です。「パーキンソン病」は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と共同で研究。「パーキンソン病」とは脳内のドーパミン神経が失われる病気で、既存薬ではドーパミン神経を活性化して症状を和らげることしかできず、しだいに薬が効かなくなっていくのですが、患者さんに細胞を移植すれば、身体を動かすことができるようになるとされています。これらの治療法は、現在治験や臨床研究が進められており、数年後の実用化が期待されています。

「今後、手技も含めた普及活動や、医薬品の法律が異なる諸外国へのグローバル展開、さらには次世代再生医療への挑戦など、課題にも精力的に取り組みます」と木村氏。国内外を問わず多くの研究機関、関連企業等とより緊密に連携しながら、世界に先駆けて安全な再生医療製品の安定供給を目指していきます。

木村 徹 氏取締役 常務執行役員

神戸医療産業都市は再生医療の世界的な集積地の一つと言えるでしょう。長年、神経の再生医療に取り組んできた当社も、ここでさまざまな研究機関や企業等と繋がりながら、皆さんに革新的な新薬をお届けしたいと、再生医療に熱く、アクティブに取り組んでいます。順調に、着実に進んでいますので、どうぞご期待ください。