KBICで活躍するトップランナーたち

渡辺 恭良

企業や大学と連携し「個別健康の最大化」を目指す

渡辺 恭良Watanabe Yasuyoshi

理化学研究所 健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム プログラムディレクター

神戸医療産業都市がスタートした当初から発展に大きく寄与してきた理化学研究所。その理化学研究所が中核機関となり、大学・企業・研究機関などと共に推進してきた「健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス」は、人々の健康に役立つ製品やサービスを科学的な裏付けをもとにして生み出す、事業創出プログラムとして注目を集めてきました。プログラムディレクターとして活躍する渡辺恭良氏に、これまでの歩みと今後の展望について話を聞きました。

「病気で苦しむ人を助けたい」思いを強くし、医学の道へ

金沢市で生まれ育った私は、野山を駆け、昆虫などを採取しては熱心に観察する子供時代を過ごしました。中学生のころから薬を作ることに興味があり、新薬を開発して病気で苦しむ人々を助けたいと強く思ったのは高校2年のとき。進路を決める際に製薬会社に勤めていた父が「将来的に人の役に立つ研究がしたいのであれば、医学部はどうか」と勧めてくれたこともあり、京都大学医学部に進学しました。

長年取り組んできたのは、人間の体の中でさまざまな分子がどのように動くのかを追跡する「分子イメージング」と呼ばれる研究です。1980年代から分子イメージングの国際共同研究など大きなプロジェクトを率いて、PET装置(陽電子放射断層撮影)を使って外から人の体の内部を観察し、多数の病気の原因を探ってきました。

優秀な人材が集まる神戸医療産業都市でヘルスケア研究を推進

大阪の研究所や大学で研究を進めていましたが、2001年にノーベル化学賞を受賞された野依良治先生と出会い、神戸医療産業都市に身を移すことになりました。2003年に野依先生が理化学研究所の理事長に就任され、理研内に分子イメージング研究プログラムが発足。私に声がかかり、プログラムディレクターとして2006年から指揮をとることになったのです。2007年にはポートアイランド内に非臨床研究から臨床用PET薬剤の製造までできる分子イメージングの開発拠点が開設され、大いに研究が進展しました。2016年からは理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラムのプログラムディレクターも務めています。神戸医療産業都市は多くの病院や大学、研究機関、企業が集積し、全国から志を同じくする優秀な人材が集まっていることが魅力だと思います。重点的に研究を行う分野として医薬品、医療機器、再生医療、ヘルスケアの4つの軸がありましたが、長く医薬品と医療機器、再生医療に比重が置かれていました。しかし、リサーチコンプレックスが始まるころからヘルスケアにも力を入れていこうとなり、関連する企業が増えてきました。計測器などのヘルスケア機器は特に開発の裾野が広がっていると実感しています。

疲労に関する研究を深め人々の快適環境に革命を起こす

ヘルスケア研究の中で、疲労をテーマにした研究も行っています。強い疲労感や抑うつ症状に対して治療法が確立していない慢性疲労症候群という病気に注目し、子どもから高齢者までを悩ませるさまざまな疲労の仕組みについて探ってきました。疲労と関係性の深い私たちの日常生活のすべてについては大手企業と研究を推進し、疲労予防・回復に役立つ製品の開発に注力しています。

例えば、「空気」についてはダイキン工業と連携して、環境省が推奨する28℃の夏場のオフィス空調設定について有効性を検証。男女別や年齢別で快適と感じる温度・湿度の数値を測り、作業効率が上がる真に最適な環境を追求しました。最近の空調業界は個人にあった環境の整備が一つのキーワード。快適な環境をウェアでも実現していこうという流れがあり、工事現場などで広がってきているファン付き作業着をスーツにも応用できないかと考えたりもしています。一方で、生命に不可欠な水が健康に寄与する研究も行っています。ただ、人間は快適さに体が慣れると環境適応能力が弱っていくので、適度に揺らぎをかけていくことも大事。そのバランスが難しいと感じています。

「ほんとうに良いもの」をアドバイスする健康生活コンシェルジュ

さまざまな研究開発を進める中では課題もあります。臨床研究の担い手が足りていないことも深刻に受け止め、臨床研究支援ができる人材を育てることにも力を注いでいます。ほかにも積極的に取り組んでいるのは、市民と専門家との間を結ぶ「健康生活コンシェルジュ」の育成です。今はテレビや新聞、ネットを通して誰でも気軽にヘルスケア情報を入手できる時代ですが、その内容に疑いを持っている人や自分にあった情報を見極めるのが難しいと感じている人も多いと思います。そこで活躍するのが健康科学の専門的な知識を有した健康生活コンシェルジュです。皆さんが抱えている健康・健康科学の疑問や不安を専門家に投げかけ、返ってきた回答を噛み砕いて説明したり、公平な立場でヘルスケア製品などのアドバイスを行い、人々の健やかな日常生活をサポートします。2018年度から養成講座が始まり、これまで約100人の健康生活コンシェルジュが誕生しました。今後は有資格者たちが活躍できる場をもっと広く提供していきたいと考えています。

理化学研究所 健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラムRIKEN Cluster for Science,Technology and Innovation Hub Compass to Healthy Life Research Complex Program

https://koberc.jp/

リサーチコンプレックスは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が推進し、産官学金が一体となって「異分野融合研究開発」「事業化」「人材育成」に取り組む「事業創出プログラム」です。2015年から始動した「健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス」は日本で第1号のリサーチコンプレックスであり、理化学研究所が中心となって2020年3月末までに157の企業・団体が参画し、各種事業が推進されてきました。食品・医療・スポーツ・住環境・ICT・交通など、あらゆる分野でヘルスケアビジネスの創出を目指し、神戸医療産業都市を拠点とした新商品やサービスも生まれつつあります。2020年度からは理化学研究所を中核機関とした体制から、神戸市と兵庫県を中心とした体制に移行。「神戸リサーチコンプレックス協議会」が新たに発足し、神戸医療産業都市という医療産業創出基盤を生かしてヘルスケア産業をさらに振興していきます。

理化学研究所 健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム

365日リハビリテーションを実施し、
在宅復帰率90%を実現

西記念ポートアイランドリハビリテーション病院

専門医と医療従事者の手厚い支援

「西記念ポートアイランドリハビリテーション病院」は神戸市立医療センター中央市民病院や兵庫県立こども病院などの急性期病院、地域の医療機関と連携し、回復期のリハビリテーションを専門的に行う病院です。急性期の治療を終えた患者さんを受け入れ、早期にリハビリを開始することで、病気の後遺症を最小限に、また、生活の質(QOL)の維持と向上を目指しています。病床数は150床。うち早期の自宅退院を目的としたリハビリを行う回復期リハビリテーション病棟が100床、長期にわたる継続療養が必要な患者さんのための療養病棟が50床あります。入院中はリハビリ専門医を中心に、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が1日最大3時間のリハビリをサポート。看護師や看護助手が入院生活を支援し、速やかな自宅退院を目標に365日体制で取り組んでいます。また、自分の口から食事をとることによるQOLの向上と感染症予防にも目を向け、栄養士、歯科医師、歯科衛生士による口腔ケアや嚥下障害対策、安全な食事メニューの立案にも力を注いでいます。

音楽療法や合併症対策も積極的

院内では脳神経外科医、整形外科医、心臓血管外科医、循環器内科医といったスペシャリストも多く活躍しています。各専門医の指導下で、脳血管疾患や整形外科疾患、心臓疾患の治療後に的確なリハビリを行うことができるのは同院の大きな特徴の一つ。患者さんごとに個別プログラムをしっかりと立て、多職種が緊密に連携を取りながら継続してリハビリを支援していくことで、約90%という高い在宅復帰率を実現しています。「人間は人と一緒ならできるもの」と小澤修一院長は言います。自宅復帰となった患者さんに対しても外来リハビリを継続し、身体機能を維持することに努めています。また、スムーズな自立をバックアップし、安心した日常生活を送ってもらうために、必要に応じて理学療法士などが家庭訪問を実施し、暮らしやすい生活環境や居住空間についてのアドバイスも行っています。

さらに同院では、音楽療法士による音楽療法を月3回行い、院内コンサートも開催しています。小澤院長は「長期間に及ぶリハビリでは、壁に当たったり焦りが出たりすることもあります。そんな時に音楽療法が良い気分転換になり、音に合わせて手を動かしたり声を出すことがリハビリにつながります」と、その重要性を説きます。また合併症に対する備えも充実。MRIや骨密度測定装置、CPX(心肺運動負荷試験)などの専門機器を揃え、もしもの時には近隣の医療機関への橋渡しもスピーティーに行っています。

今後はより一層外来に力を注ぎ、在宅生活期のリハビリテーションにも重点を置きながら、地域に根ざした医療を提供していきます。

小澤 修一 氏院長

私は長く急性期の現場で働き、多くの命を救ってきましたが、患者さんの退院後まで目配りできなかったことを心苦しく思っていました。第一線にいたときはたくさんの人に助けてもらったので、これからは私が地域に恩返しをする番。「明るく元気に楽しいリハビリ」をモットーに、その人らしく暮らせる毎日を支援していきます。

がんや自己免疫疾患に打ち勝つ創薬の
研究開発に尽力

カルナバイオサイエンス株式会社

KBIC発、ベンチャーからの飛躍

「カルナバイオサイエンス」は、2003年にバイオベンチャー企業として神戸で設立されました。設立者の吉野社長は、もともとオランダの製薬会社「オルガノン」で研究所長を務めていましたが、一念発起し同社を設立。神戸市からの誘いもあり、神戸医療産業都市で医薬品の研究開発をスタートしました。現在では、国内外をフィールドに創薬事業を展開し、画期的な新薬の創出につなげています。

社名につけられた「カルナ」は、ローマ神話の健康を守る女神の名前に由来しています。まだ有効な薬がない病気に対し、改善や治癒へと導く新しい薬を開発し提供することで、人々の役に立ちたいという創業の志が込められています。

現在はがんと自己免疫疾患に特化した研究を進めており、なかでもオルガノンから引き継いだキナーゼをターゲットとした創薬の研究には、長年力を注いできました。キナーゼとはがんの研究を進める過程で見つかった酵素です。さまざまながん疾患において高い頻度でキナーゼが異常をきたしていることがわかり、この異常を抑制する薬が誕生すればがん治療に効果を発揮するのではと、同社を含めた多くの製薬企業等が研究に取り組みました。その結果、今では複数のキナーゼ阻害薬が誕生。がん治療の可能性を広げた同社は大きな飛躍の時を迎えています。

海外の製薬企業からもアプローチ

カルナバイオサイエンスでは今、30名を超える研究員が日夜熱心に研究開発に取り組んでいます。「製薬企業は不便な郊外に研究施設を構えていることが多く、欲しい人材が集まりにくいというデメリットがあります。一方、神戸医療産業都市は空港が近く交通の便が良いことに加え、研究しやすい環境にも恵まれているので、優秀な人材の確保がスムーズだと感じています」と、社長の吉野公一郎氏は神戸に拠点を置くメリットを挙げます。

国内外を問わず、同じ情熱を持って創薬研究を推進できるパートナーをフットワーク良く探し続けている同社。納得できる結果が出るまでとことん追求するという誠実な研究姿勢を高く評価され、多くの外資系製薬メーカーとも提携。順調に取組みを続けています。

薬の研究は多くの時間と人材、資金を投じても確かな結果が約束されているわけではなく、手探りで常にリスクへの挑戦だと吉野氏は言います。困難の多い研究を継続し、努力を結実させるために、カギとなるのはやはり人。「まず大事なのは研究者のレベル。特に研究者のひらめきが重要です。あとは何があっても諦めないという執念でしょう」

近年は、若い女性に患者さんが多いリウマチに対して、画期的な新薬を開発することも大きな課題の一つとして掲げているカルナバイオサイエンス。世の中に難病で苦しむ患者さんがいる限り、これからも前進を続けます。

吉野 公一郎 氏代表取締役社長

不治の病と言われてきたがんですが、近年はある程度薬でコントロールできるようになり、本庶佑先生が発見されたPD-1抗体等をうまく活用すれば、治る可能性も出てきました。しかし、すべてのがんに有効と言えるようになるまでにはまだ研究が必要です。私たちの目標はがんを治す薬を世に出すこと。ぜひ期待していてください。