KBICで活躍するトップランナーたち

木原 康樹

コロナ収束に向け神戸の力を一つに

木原 康樹Kihara Yasuki

神戸市立医療センター中央市民病院 院長

今春、神戸市立医療センター中央市民病院の院長に就任したばかりの木原康樹先生。新しいステージでの活躍が期待された矢先、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化。誰も経験したことがない未曽有の危機の中、指揮官としての冷静な采配に注目が集まりました。次々に襲ってくる難局にどのように立ち向かっていったのか。その経験の先に見えたことなどについてお話をうかがいました。

着任後初の一斉メールに込めた一致団結への強い思い

院長としての最初の仕事が、まさか未知のウイルスとの闘いになろうとは思ってもいませんでした。広島大学副学長を退任し、細谷前院長からバトンを受け取ったのが4月1日。コロナが日に日に勢いを増していく中で、対応に追われる職員たちはまだ私の名前も顔も覚えていません。その状況下でどう指揮を執るべきかを考えました。就任後に私がまず行ったのは、職員全員へメールを発信すること。自己紹介とともに、みんなで情報を共有していこうというメッセージを伝えました。大きな難局を乗り越えるためには、医師や看護師、その他のメディカルスタッフなど全ての職員が心を一つにし、同じ方向を向く必要があります。何のために、誰のために中央市民病院があるのかをみんなで考え、理解し、共有することで、徐々に団結力が深まっていったと思います。

市民の期待に応え、職員の健康を守る迫られた2つの命題

着任9日後には1例目の院内感染が判明し、混乱と動揺が広がりました。一番突いてほしくない部分を瞬時に攻めてくるのが新型コロナウイルスの恐ろしいところであり、院内感染はその最たるものです。神戸市唯一の第一種感染症指定医療機関として、日頃から感染管理と対策に取り組んできた当院は、重要な局面を迎えました。苦しい日々が続く中で、院長としてのミッションは2つ。1つは神戸市民の命を守ること。もう1つは病院で働く人たちの命を守ることです。ところが新型コロナウイルスへの対応においては、この2つは対極にありました。職員の健康を守りながら、最大限に市民の期待に応えるため、最善の選択が何かを常に考えていました。「断らない救急」を掲げる当院が3次救急を止め、手術や外来を停止したことは苦渋の決断でした。

また、職員が恐怖心に襲われ、職場である病院に行くことが嫌だと思ってしまったらどうしようもありません。心のケアに努めるために大事にしたのは、やはり正しい情報の公開と共有でした。手探りの中で、我々ができる最善のことをやったつもりですが、まだまだという声もあります。これからもしばらく続くであろうコロナとの闘いに対し、先の経験を生かして早めに備えることが我々の使命だと考えています。

順風満帆とはいかなかった循環器専門医としての道

時をさかのぼると、私と神戸との出合いは15年前。神戸市立中央市民病院で3年間、循環器内科部長として勤務しました。忙しい毎日の中で、癒やしといえば、仕事後に眺める神戸の夜景。その美しさに心を奪われたものです。

私は広島で生まれ、産婦人科の開業医だった父の背中を見て育ち、医師を志しました。京都大学医学部に進学しましたが、大学の医局には進まず、奈良の天理よろづ相談所病院で研修医時代を過ごします。そこで尊敬すべき循環器内科の医師と出会い、循環器専門医になろうと決心しました。天理よろづ相談所では多くの経験を積ませてもらいましたが、その後は紆余曲折。自分の思った通りに運ばない人生をギクシャクしながら、しかし、転換期には使命を感じながら歩んできました。今、再び神戸に縁をいただき、コロナ感染が深刻化する大事なタイミングで院長に就任したのも、私の運命だったのでしょう。

コロナ収束後は橋渡し研究や医工連携を強化病院の質向上を目指す

今秋の稼働を目指し、現在、当院の敷地内にコロナ重症患者専用の臨時病棟を建設中です。今後、一層大事になるのは、地域の医療機関との連携。コロナ患者をみるベテラン看護師の人員確保、回復期に入った患者を受け入れる機関など、地域の医療機関全体で支えるシステムの構築が必要です。全てが整って初めて「最後の砦」としての当院の機能が生きてくるのだと思います。

コロナ収束後は、病院の質がさらに問われる時代になります。治療だけでなく、臨床経験を研究に発展させ、橋渡し研究で新たな英知を生むことが求められるでしょう。当院は前院長の時代から臨床研究や治験に注力してきた実績があります。私も広島大学では橋渡し研究を推進するために努力していました。その経験を神戸でも生かせるのは嬉しいこと。ポートアイランドの神戸医療産業都市には次世代を担う企業や人材が集約され、フィールドは整っています。今後は企業との関係を強化したり、研究の方向性を決定付けたりすることが、私の大きな役目になると感じています。

最後に、我々がより市民のみなさんのお役に立つためにお願いがあります。ぜひ身近にかかりつけ医を持ってください。日々の健康は自分で維持しながら、困ったときはまず信頼できるかかりつけ医に相談していただく。

それでも解決できないときは、迷わず、当院を頼ってください。

神戸市立医療センター 中央市民病院Kobe City Medical Center General Hospital

http://chuo.kcho.jp/

神戸市立医療センター中央市民病院は、768床の病床、32の診療科を有する神戸市域の基幹病院です。

1924年に神戸市長田区に開院した「市立神戸診療所」に始まり、1981年から、ポートアイランドに移転しました。2011年に現在の場所に新築移転し、神戸市の基幹病院として、地域住民の生命と健康を守ることを目的に、患者中心の質の高い医療を提供しています。

神戸市唯一の感染症指定医療機関として、新型コロナウイルス患者を受け入れた経験を踏まえ、病院敷地内にコロナ重症患者専用の臨時病棟(全36床・10月稼働予定)を建設することを発表。企業や大学と連携して、新型コロナウイルスの治療や検査に関する研究にも着手しています。

24時間365日、市民の生命と健康を守る「最後の砦」として、地域医療機関との連携を強め、救急医療の充実、高度医療の提供、そして患者にやさしい医療の提供を継続しています。

神戸市立医療センター 中央市民病院

「富岳」や全国の主要なスパコンの効率的な利用を支援

一般財団法人 高度情報科学技術研究機構(RIST)神戸センター

計算機資源の幅広い活用を求めて

「京」の後継機として登場したスーパーコンピュータ「富岳」。スパコンの世界ランキングの4部門で世界1位を獲得しました。この「富岳」をはじめ、日本には世界有数の先進的スーパーコンピュータやストレージ※がいくつかあり、国立研究開発法人や国立大学に設置されています。北は北海道から南は沖縄まで、国内15機関(2020年7月時点)を高速ネットワークで結んだ革新的な計算環境基盤(HPCI)を、多様なニーズに公平かつ効率的に利用してもらうため、支援を行っているのが一般財団法人 高度情報科学技術研究機構(RIST)神戸センターです。

2012年に設立されたRIST神戸センターの主な業務は、「富岳」(これまでは「京」)を中核とするHPCIの「利用者選定」「利用支援」「利用成果の普及」です。中立・公正な立場で、公平かつ透明性を持って研究課題の募集や選定を行うとともに、効果的かつ効率的な利用支援を行うことで、世界トップクラスのスーパーコンピュータが幅広い分野の研究者・技術者に有効に利用され、日本全体として最大限の成果が創出されるよう、支援をしています。

利用者選定では、学術界・産業界から応募があった研究課題を外部有識者で構成された選定委員会で厳正に審査。高度な計算機を利用するにふさわしい研究内容かどうかを判断しています。利用支援では、各スーパーコンピュータの個性を生かし、そのリソースを円滑に活用できるよう利用者をサポート。プログラムの高速化等、利用時に生じる諸問題に柔軟に対応しています。また、利用者向け・初級者向けの講習会の開催も重要な業務の一つです。利用成果についてはウェブサイト等で公開。広くスピーディに情報提供を行うことで、HPCIの利用拡大につなげています。

※大容量データ等を保管する記憶装置。

海外や産業界での利用を促進

今やスーパーコンピュータを使った研究は、地震や津波、台風などの自然災害予測、創薬、ものづくりなど幅広い分野に生かされています。RISTでは、日本が誇る計算機資源を新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対策にも活用してもらうため、関係機関の協力を得て、今年4月よりCOVID-19研究課題の臨時募集を開始しました。現在は創薬関係の研究を中心に13課題が進行しています(2020年6月時点)。2021年度から本格運用予定の「富岳」も、先行運用として新型コロナウイルス感染症対策の研究利用をスタート。高い計算性能やデータ処理能力を用いて、飛沫拡散のシミュレーションや治療薬開発への活用が進められています。

センター長を務める森雅博氏は、神戸医療産業都市に神戸センターを置く利点を次のように話します。「富岳を運用する理化学研究所が近隣にあり関係機関も集約され、各所と情報を共有していくうえで非常にメリットのある場所。私たちは神戸市や兵庫県とも連携を取りながら、世界に誇る最先端の計算機資源を日本のため、ひいては世界のためになるよう生かしていきたいと思っています」

森センター長らは、使いやすさを重視し開発された「富岳」の導入により、これまで以上に計算機利用の裾野が広がるのではと期待。今後は産業界や海外からの利用を拡大し、さらなるサービスの充実化を目指していきます。

森 雅博 氏センター長

私たちの通常業務は計算機利用者へのサービスですが、一般の人にも活動を身近に感じてもらえるような取り組みを行っています。市民のみなさんとの交流を目的とした施設公開(本年度は未定)や、地元の中高生向けに開催する「はじめてのプログラミング講座」「スパコン体験塾」は好評。機会があればぜひ参加してみてください。また、一般向けのHPCI広報サイトも現在準備中です。こちらもお楽しみに。

独自の高度な抗体作製技術で感染症や
難病に立ち向かう

株式会社イーベック

純国産技術によるヒト抗体で躍進

2003年の創業以来、難病に苦しむ人々を救う新たな薬の作製を目指してきたバイオベンチャー企業「イーベック」。独自の技術による抗体医薬品の開発に取り組んでいます。

抗体とは、血中や体液中に存在し、細菌やウイルス、がん細胞といった異物から体を守るために働くタンパク質のこと。体の中に異物が入ると、攻撃し排除するために体内でつくられます。そもそも人間に備わっているこの免疫機能を人工的に活用する薬が抗体医薬品です。人間の抗体によく似た構造の抗体を人工的につくり、体の中に投与するので、細菌やウイルスを直接攻撃する一般的な薬より高効能で副作用の少ない治療が期待できます。

しかし、抗体の作製技術は欧米の特許となっていることが多く、使用に多額のライセンス料が発生するため、高額な薬価が問題となっていました。そこでイーベックは、北海道大学遺伝子病制御研究所教授 高田賢蔵氏が持つ「EBウイルスの知見」を活用し、同社の優れた研究者の手によって、安価で安全な純国産技術によるヒト抗体の開発・製造を実現しました。世界的にも珍しいヒト末梢血由来完全ヒト抗体の作製技術開発の成功です。現在は高活性抗体作製の工程に特化し、製薬企業のパートナーとして活躍しています。ヒト末梢血由来完全ヒト抗体とは、ヒトの体内に天然に存在するもので、免疫機能で厳選された5%未満のリンパ球から得られる極めて安全性が高い抗体です。独自技術により作製を効率化、加速化することが可能となり、国内外から注目を集めています。

神戸発の新型コロナ治療薬に期待

札幌に本社を置くイーベックはさらなる飛躍を目指し、2019年に神戸へと進出。神戸医療産業都市に神戸ラボを新設し、今春より本格的に稼働を始めました。人員が少なく資金力に欠けるバイオベンチャーが事業化を推し進めるには、産業集積が何より大事だと話すのは土井尚人代表取締役社長です。「創薬に必要なさまざまな役割を分担できる企業や大学、優秀な人材が集中化する環境は私たちにとって大変魅力的です。その点において神戸医療産業都市は、ハード面とソフト面が共に充実し、最先端の研究開発を行うには圧倒的に優位な地だと感じています」と、新天地での事業展開に意欲をにじませます。

マラリアなどの感染症を中心に複数の抗体開発を手掛けてきた同社は、その技術力と経験を新型コロナウイルスにも応用。神戸市立医療センター中央市民病院などと連携し、検査用抗体や治療用抗ウイルス抗体の作製に取り掛かりました。これらの抗体を用い、安価で偽陽性、偽陰性が出ない抗原検査簡易キットと治療薬の開発につなげたいと土井社長は考えています。「港のある街は感染症対策の強化が必須であり、我々が神戸をベースに医療産業都市や関西圏の医療関連機関と共同開発を進めるのは意義があることと捉えています。新型コロナに怯える世界を神戸から救うというミッションをぜひ実現させたいと思います」

土井 尚人 氏代表取締役社長

神戸出身の私にとって、故郷での忘れられない記憶といえば阪神・淡路大震災です。多くの人が亡くなったからこそ、多くの命を救う街にしたいとの思いで神戸医療産業都市がつくられたことを知った時、私もいつか関与しようと胸に誓いました。神戸からイノベーションを起こし、難病に苦しむ人々を救うことによって、神戸が世界から感謝される日を目指して頑張ります。

土井 尚人 氏