KBICで活躍するトップランナーたち

松岡 聡

世界一のスパコン「富岳」が暮らしを変える

松岡 聡Matsuoka Satoshi

理化学研究所 計算科学研究センター センター長

スーパーコンピュータ「京」の後続機として開発され、3月から本格運用が始まったスーパーコンピュータ「富岳」。2020年には計算速度などを競う世界ランキングで、世界初の2期連続4冠を達成するという偉業を成し遂げました。世界1位の座を譲らない圧倒的な実力の裏には、日本の技術者たちの並々ならぬ努力と絶えることのない情熱があります。今回は、「富岳」の開発責任者である理化学研究所 計算科学研究センター 松岡 聡センター長にクローズアップ。幼少期のエピソードや「富岳」誕生にまつわるストーリー、スパコンの未来などについてうかがいます。

小学生の時からアキバ通い衝撃を受けたマイコンとの出合い

僕のコンピューターのキャリアは中学生のころに始まりました。小学生の時から“アキバ少年”で、電子工作が大好き。休日になると1人で秋葉原に出かけ、ガード下にあった電子部品店などをぷらぷら見て回ったり、お小遣いで買った電子部品でラジオを組み立てたりするような子どもでした。その後、父の都合でアメリカに行くことになり、中学2年で日本に戻ってきました。久しぶりに秋葉原に行くと、馴染みの店の様子が変わっていて、軒先にコンピューターのキットが並んでいたのです。当時はまだ画面がなく、電卓のようなキーボードのみで、「なんだ、これは? どうやって使うんだ?」とたいへん興味を持ちました。とはいえ、中学生には高価なもの。とても買えなかったので、本でプログラミングを勉強し、店に入り浸って触らせてもらっていました。

ファミコンのソフト開発から研究者への一歩を決めた言葉

高校生になると、キーボードと画面が一体型のコンピューターが出きました。通学路にあった池袋の西武デパートには販売コーナーがあり、放課後に毎日通って、閉店で追い出されるまでコンピューターの前に張り付いてプログラミングをしていました。僕と同じような人が何人もいて自然と意気投合し、後に任天堂の社長となる故・岩田 聡さんと知り合ったのもこのころです。岩田さんを中心とした仲間とは、一緒にゲームソフトを開発する会社「HAL研究所」を作り、メーカーに販売していました。僕はアルバイトでしたが、プログラミングが忙しくて、勉強もままならない状態でした。そこで大学受験に専念したいからと3カ月間休ませてもらい、東京大学に進学しました。

大学時代は理学部情報科学科でコンピューターの基礎を学びながら、プログラマーの仕事もしてと、二足のわらじを履く日々。当時はHAL研究所が請け負った任天堂のファミコン用ゲームソフトの開発にも携わりました。多忙な生活が大学院修士課程まで続き、博士課程に進むか就職するか悩んでいた時に、僕の背中を押してくれたのが岩田さんでした。「お前は学問のほうが向いている。絶対に博士の道に進むべきだ」と言われて。当時は半信半疑でしたが、他人からの評価のほうが正しいかもと思って、プログラマーを辞めて博士課程に進みました。さまざまな人に導かれ、研究者としての今があります。

スパコンは速さを競う道具ではない世の中に役立ってこそ意味がある

スーパーコンピュータ「TSUBAME」シリーズの開発に取り組んだのは、東京工業大学に移ってからです。2006年に発表した1号機が、世界のスパコン性能ランキング「TOP500」でいきなり7位に入り、日本最速のマシンになった時は世界が驚きました。この「TSUBAME」のプロジェクトに関わった人たちが、時を経て「富岳」にも携わってくれて、蓄積されたノウハウやマインドが「富岳」の開発に大いに生かされています。

「富岳」の前身である「京」は、2009年に行われた事業仕分けの対象となり、「2位じゃダメなんですか?」の発言が世間で注目を浴びました。当時、この話を聞いた時は本当に慌てましたが、同時に特段変な質問ではないと思ったのです。我々にとってスパコンが速さで世界1位になることは目標ではありません。真の目標は「作ってなんぼ、使ってなんぼ」。最先端のIT技術をさらに進化させ、その技術をさまざまな分野に応用できてこそ、スパコンの研究開発を推進する意味があると思っています。この一件で、人や世の中にとってスパコンがどのような価値を持つべきか改めて考えさせられました。

コロナ禍で活躍する「富岳」スパコンが導く新しい社会

使ってなんぼという点では、今回の新型コロナウイルスの感染対策で、「富岳」は非常に貢献できていると思っています。「富岳」が多方面から高い評価をいただいているのは、まず目に見えなかった飛沫を科学的に正しく可視化し、マスクの有効性やソーシャルディスタンスの意味などを実証できたところにあります。さらに専門家のアドバイスも加わって、対応策が具体的に提示でき、みなさんが実践してくださることで感染リスクを抑えられているからでしょう。今後はものづくりから災害まで、まずはスパコンでシミュレーションをしてから現実に対処していくことが常態化すると思います。人間が思いもしなかった新たなイノベーションが生まれ、さらに社会の革新が進む。そういうことがスパコンの進化によって起こるでしょう。

スパコンは医療や創薬の現場でかなり活躍できるようになってきました。一方で、得られたデータは実際の臨床や治験と合わせて検証することが重要になってきます。そうなった時に、医療関連施設や人材が充実している神戸医療産業都市に当センターや「富岳」があることは、非常にメリットだと考えます。

コロナが収束した際は、ぜひ「富岳」を一般公開したいと思っています。みなさんがそのスケールに驚き、間近で記念写真を撮ってもらえる日が早く来ることを、私も待ち望んでいます。

©RIKEN

理化学研究所 計算科学研究センターRIKEN Center for Computational Science

https://www.r-ccs.riken.jp/

国際的な高性能計算科学分野の中核拠点である理化学研究所 計算科学研究センター(R-CCS)は、ポートアイランドの南側、神戸空港からポートライナーで4分の場所に立地しています。日本の計算科学および計算機科学の先導的研究開発機関として、スーパーコンピュータ「京」を運用し、研究機関・大学および産業界での利用等を通して、幅広い分野で世界トップレベルの成果を創出しました。

「京」の後継機であり、新型コロナウイルスに関する研究でも注目を集めるスーパーコンピュータ「富岳」は、2021年3月より共用を開始。さまざまな社会的・科学的課題の解決と超スマート社会(Society5.0)の実現に貢献することが期待されています。

理化学研究所 計算科学研究センター

世界に向けた医療開発と次世代の人材を育成する拠点

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センター(ICCRC)

リサーチホスピタルとしての役割

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センターは、2017年に開設した神戸大学医学部附属病院の分院です。目標に掲げるのは、がんの最先端治療や研究開発を基盤とした外科的治療を推進することで、現在、鏡視下手術やロボット手術、内視鏡治療など、主に身体への負担が少ない先進的な低侵襲医療を提供しています。早期の消化管がんに対する内視鏡最新治療(ESD)にも積極的に取り組んでいます。

ロボット手術においては、神戸大学がメディカロイド社と開発を進めてきた国産初の手術支援ロボット「hinotoriTM」の1例目として、2020年12月に前立腺がんの全摘手術が行われました。さらには「hinotoriTM」の操作に必要な知識と技術を医療従事者に提供するトレーニングセンターもICCRC内に開設され、円滑な臨床導入を支援しています。また、「hinotoriTM」を中心とした新しい医療機器開発を促進しています。

医療関連企業と共同し、次世代を見据えた治療技術の研究にも積極的です。血液や体液をがんの診断や治療に役立てるリキッドバイオプシーの研究をはじめ、医療の質の向上を目指すさまざまなプロジェクトが進行しています。医工連携の推進拠点としての役割も担い、神戸大学工学研究科と共に医学的知識と工学的知識を併せ持つ人材の育成や革新的な医療機器の開発にも注力しています。

2020年1月からはこれらを推進するため、神戸市、神戸産業界と連携して「神戸未来医療構想」を実施しています。

医療のグローバル化を推し進める

「同センターにおけるもう一つの重要な役割が、国際診療に関する研究と教育を推進することです。ジャパン インターナショナル ホスピタルズ(JIH)に承認され、治療や検診を希望する渡航受診者の診療体制を強化。海外医師を受け入れ、臨床現場での教育に取り組むなど、医療を通した国際貢献を行っています。

コロナ禍の今は海外との交流が滞っているものの、収束後の動きも見据えているという味木徹夫センター長。「当院は外科手術がメインですので、神戸大学医学部附属病院の組織であるインターナショナル・メディカル・コミュニケーションセンター(IMCC)と連携して、遠隔での外来診療ができないかと考えています。神戸市とも連携を強固にしながら、コロナが収まった際には国際診療を充実させていきたいですね」と意欲を見せます。

神戸医療産業都市内に拠点を置く利点として、味木氏は神戸陽子線センターなど関連する専門病院が近くにあることで協力体制を取りやすいことや、恵まれた環境下で産学官の連携が極めてスムーズに行えることを強調。「それぞれの病院や医療機関の強みをもっと生かせるようになれば、患者様により良い治療を提供できる場所として、都市のさらなる発展が見込めるはず」と期待感を滲ませます。

今後の目標は、神戸大学の研究機関として先進的な取り組みを一層加速させ、神戸医療産業都市や神戸市の役に立てる組織として成長していくこと。その達成に向け、スタッフ一丸となって努力を続けます。

味木 徹夫 氏センター長

当院は現在運用している72床のうち36床が個室になっており、快適な環境のもとで先進的な医療を受けていただけるよう努めています。女性医師とスタッフが担当する女性内視鏡外来や専門スタッフが治療とケアにあたるリンパ浮腫外来など、ご要望の高い専門外来も開設しました。神戸大学医学部附属病院と共に市民のみなさまの健康を支えていきます。

新たなゲノム編集技術で希少疾患の
治療薬開発を目指す

Nexuspiral株式会社

遺伝子が原因とされる難病を救う

大手製薬メーカーで医薬品研究者として経験を積んだのち、神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科に移り、アカデミアで研究に注力してきた増田直之氏。産業技術総合研究所の間世田英明氏が開発した画期的なゲノム編集技術「PODiR」に着眼し、実用化のために立ち上げたのが創薬スタートアップ企業「Nexuspiral」です。

ゲノム編集とは、DNAの一部を切り取り、書き換える技術のこと。近年、世界中で急速に研究が進み、日本でも農業や水産業など幅広い分野で活用され始めています。増田氏らが挑むのは、PODiR技術を応用した希少疾患の治療薬開発です。「希少疾患はこれまで7000種類ほど報告されていますが、うち80%は遺伝子が原因と言われています。世界におよそ3億5000万人の患者さんがいる中で、症状を和らげる薬はあっても、根治につながる治療薬は今のところ存在しません。遺伝子治療も進んではいますが、副作用の心配があります。この社会的課題をどうにか解決したいという強い信念のもと、主任研究員の矢島伸之氏と二人三脚で活動しています」

神戸医療産業都市の資源を活用して

現在、世界でもっとも先進的なゲノム編集の手法は、産業への活用に伸び代があると言われています。けれども医薬品に応用した場合、分子が大きいために患部へ届きにくく、技術が不正確なのが弱点。安全性と正確さが何より求められる医療分野では、リスクが高いと指摘する研究者も少なくありません。

PODiR技術はこの2つの問題点をクリアできる可能性があるとし、医薬品において実用化に近い技術だと増田氏は自信をのぞかせます。矢島氏もまた、PODiR技術が持つ潜在力に期待を寄せています。「核酸を使うだけで自由に編集ができ、誰もが簡便に行える技術というのがPODiRの優れた点。とても魅力的だと感じています」

Nexuspiralの活動の弾みとなったのは2019年。医療分野の課題解決に向けた優れたビジネスプランに光を当てる「第2回メドテックグランプリKOBE」で、同社の「オリゴ核酸のみによる精密ゲノム編集技術の開発」が神戸医療産業都市賞に輝きました。受賞を機に、産業技術総合研究所から神戸医療産業都市内にあるクリエイティブラボ神戸(CLIK)内のスタートアップ活動拠点SCLに研究所を開設。研究を行ううえで必要な共用実験設備が完備されているシェア型ラボで、より業務に専念できるようになったと言います。

今の環境に大変満足しているという増田氏。「神戸医療産業都市の中には創薬系のスタートアップがいくつもあり、情報交換をしたり協力を得られたりするのが大きなメリット。神戸医療産業都市推進機構のコーディネーターの方にサポートやアドバイスがもらえるのも心強いですね」

目下の目標は、3年以内に実証実験を終え、医療用途への可能性をデータとして広く世の中に示すこと。「活動に必要な人材や資金の確保にも力を尽くし、順調にいけば4年目以降にヒトへの臨床試験につなげていきたいと思います」

増田 直之 氏(左)代表取締役

矢島 伸之 氏(右)主任研究員

我々が今行っている研究は、基礎的なところからスタートしたばかり。希少疾患を抱える患者さんたちに治療薬として届けられるのは、まだ先になってしまうでしょう。しかし、まずは着実に目の前の研究を進めながら、近い将来、有効な薬を世の中に送り出し、難病に悩む人たちや市民のみなさまの期待に応えられるよう、がんばりたいと思います。

Nexuspiral株式会社