KBICで活躍するトップランナーたち

本庶 佑

研究者同士が刺激し合い発展が生まれる場所に

本庶 佑Honjo Tasuku

公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構 理事長

今春、クリエイティブラボ神戸内に新たに「次世代医療開発センター(HBI : Honjo Kobe Research Center for Biomedical Innovation)」が開設されました。HBIは公益財団法人神戸医療産業都市推進機構の設立20周年と、本庶佑理事長のノーベル生理学・医学賞受賞を契機に誕生。既存の研究部を一定集約し、新たに感染症制御研究部を加え、研究機能の強化と研究開発の加速を目指します。施設内には、共同研究のための機器室や研究者らが交流できるオープンスペースを整備。監修を務めた本庶理事長に、HBIの役割や期待することなどをうかがいました。

サイエンスに必要なのは分野の垣根を越えた交流

共同研究ラボ、共用機器室、高度な動物実験飼育施設を備えたHBIには、先端医療研究センターから免疫機構研究部、神経変性疾患研究部、血液・腫瘍研究部が移転。新研究部も創設され、分野の異なる研究者同士がリアルタイムで交流できる環境が整っています。研究というのは、例えば、たまたま昼食を共にした人と話をしていたら、とても役に立つ情報が得られたということが結構あるもの。“予期せぬ情報交換”が気軽に行われ、研究に新しい発展が生まれることを期待しています。将来的にはHBIを中心として周辺エリアが活性化し、神戸医療産業都市が発展していくことが望ましいと思っています。

新たな課題の解決に向け感染症制御研究部を創設

HBIでは新しく「感染症制御研究部」が立ち上がりました。感染症は機構に従来ある研究分野とオーバーラップすることがなく、また、現代において非常に重要な課題です。新設の研究部に専門家たちが集い、ノウハウを構築することによって、関連企業も集まりやすくなり、新しい医薬品や検査薬への展開を視野に入れた連携が取りやすくなると考えています。

今後は新型コロナウイルスだけでなく、さらなる新しい感染症が出てくる可能性があります。日本はパンデミックに備えたワクチン・治療薬の開発や社会実装に向けた産学連携の強化が必要です。HBIの感染症制御研究部がその重要な拠点の一つになってくれればと思います。

新研究部のけん引役には、現在、国立感染症研究所ウイルス第二部で部長を務めている村松正道先生を迎えました。彼は感染研と機構の連携づくりに取り組みたいと言ってくれています。これまで培ってきた経験を生かし、情報交換や人材確保などにおいて非常に大きな力となってくれることでしょう。免疫機構研究部、神経変性疾患研究部、血液・腫瘍研究部は新しく研究がしやすい環境に移ったことで、これまで以上にコミュニケーションを活発にし、互いに切磋琢磨することができれば、なお良いと思っています。

時を重ね市民にも見えてきた神戸医療産業都市の活躍

神戸は全国でも新型コロナウイルスの変異株の捕捉率が高いです。機構では神戸市民のデータに基づく認知症などの臨床研究に取り組んできた実績があり、情報の重要性に対する市当局の理解が早いのでしょう。

国産初の手術支援ロボット「hinotori™」の誕生や、新型コロナウイルスの感染対策におけるスパコン「富岳」の貢献など、最近は神戸医療産業都市内の企業や組織の活躍がニュースで取り上げられることが多くなりました。機構の前身である先端医療振興財団が誕生した20年前と比べると、都市の力を市民が実感できる機会が増えてきているのではないかと感じています。最初のころは何をしているところなのか理解されている市民は決して多くはありませんでした。少しずつでも具体的な形が見えてくると、なるほどと納得してくださる人も出てくると思います。

実のところ、医薬品など医療関係の開発には最低でも20年はかかります。私が関わったがん免疫治療薬「オプジーボ®」も、PD-1の発見から治療薬として承認を得るまで22年かかりました。近年は神戸医療産業都市での研究開発を終え、治験準備に入っている医薬品が次々に出てきており、その数は今後もどんどん増えていくだろうと期待を寄せています。

研究の最終目的は神戸市民の利益として還元すること

建物や設備が良くなったところで、研究費がなければ研究を続けていくことはできません。10年、20年先に向けてしっかりとした財政基盤を確立し、安定化させることが非常に重要です。研究機能の充実を目的として創設した「本庶記念神戸基金」で皆様にご寄付をお願いするとともに、神戸市や企業にもご支援いただき、研究者たちが研究に没頭できる環境を整えることが理想です。

また、さまざまな支援を受けて日々研究に取り組めている研究者は、単に自分の好きな研究を突き詰めていくだけではいけません。HBIではその成果をなるべく市民に還元していくことが最終的な目的であり、責務でもあります。研究成果を企業に橋渡しする機構の部門にしっかりとサポートしてもらいながら、新しいシーズを実用化につなげていくことも大事な仕事の一つでしょう。

神戸医療産業都市推進機構は各センターがそれぞれの役割を担いながら一層連携を強め、市民に貢献し世界に向けて発信する組織として、さらに成長していきたいと思います。

次世代医療開発センターHonjo Kobe Research Center for Biomedical Innovation(HBI)

HBIは本庶佑理事長の2018年ノーベル生理学・医学賞受賞を契機として、理事長が長きに渡ってがん免疫の基礎研究から医薬品として実用化されるまでに取り組んできた知識と経験を活かし、神戸医療産業都市推進機構の研究機能を強化させることを目的に開設されました。健康長寿社会に向けた神戸発の医療シーズの実用化を推進し、革新的な医療技術の社会実装を目指すことで、神戸医療産業都市のさらなる推進を図ります。

英語名称は、理事長の名前を冠したHonjo Kobe Research Center for Biomedical Innovation、ロゴマークは、HBIをベース=場(B)に見たて、そこに集まる人・情報・知が連結し、イノベーションが生まれる様を表現しています。

4研究部のご紹介

次世代医療開発センター(HBI)

2021年春以降、HBIの新たな環境のもとで研究活動を推進する研究部の代表者にクローズアップ。それぞれの研究活動をご紹介いただきます。新設の「感染症制御研究部」では、研究テーマや今後に向けた展望などについても語っていただきました。

免疫機構研究部太田 明夫部長

炎症性疾患に苦しむ患者さんを救う研究を推進

免疫というものは、私たちが生存していく上で欠くことのできないものであり、そこに不具合が生じると多岐にわたる疾患の原因となります。その中には自己免疫疾患、アレルギー性疾患、さらに感染症、がんなども含まれます。免疫のシステムの中には、その反応の仕方を調節するメカニズムがあらかじめ備わっています。私たちは、そのメカニズムを標的として、免疫を適切にコントロールする方法を研究しています。その成果が医療応用され、病気で苦しむ人びとを救う力になれるものを生み出すことが目標です。

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神経変性疾患研究部星 美奈子部長

誰もが最期まで健やかな人生を送れる社会を目指す

ヒトの脳は、これまでの経験に基づいて判断基準となる「私らしさ」を決めています。アルツハイマー病を始めとする神経変性疾患では、脳の中で「神経細胞」が死ぬことで、この私らしさが失われていきます。私たちは、神経細胞死の原因分子を発見し、細胞死のメカニズムを分子レベルで解明しつつあり、新たな治療薬の開発にも多角的に取り組んでいます。神戸発の研究により、疾患を正しく理解し、それを防ぎ、最期まで健やかに私らしく人生を歩める、そういう社会を次世代に残していきたいと思っています。

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血液・腫瘍研究部井上 大地上席研究員(グループリーダー)(北村 俊雄 客員部長)

血液がんのメカニズムをひも解き、革新的医療につなげる

私たちの研究部は、急性白血病などの血液のがんについて、未知のメカニズムを解き明かし、新しい治療法を開発することを目的に発足しました。従来の常識にとらわれず、統合的な視点からがんを捉えることにより、ベッドサイドに還元することを目指しています。私たちが見つけた細胞レベル・遺伝子レベルでの新しい生命現象に基づいて、メカニズムに則した治療応用を試みています。このような研究により、新たに救える命があると信じて研究を進めています。

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感染症制御研究部

感染研と機構の連携を強め、感染症創薬基盤開発を加速

大学院時代に抗体遺伝子書き換え分子AIDを発見

私たちの免疫系は、AIDという分子が抗体遺伝子を書き換えることで抗体の機能を強化し、病原体を排除しています。私は本庶先生の研究室に参加していた大学院生時代に、当時、未知の分子だったAIDを見つけ、以来ずっとAID研究を行ってきました。AIDによる遺伝子書き換えは時に失敗が起こり、がんの原因になります。本庶研究室を離れ金沢大に移る時、本庶先生に「研究者が独立する時は自分自身の大海原を開拓すべし」と言われ、興味のあったウイルスとがんに着目。現在は国立感染症研究所で、遺伝子変化とウイルス発がんの発生機構解明の研究を進めています。

感染症制御研究部は「ウイルス発がん」「創薬基盤開発」「感染症研究」が主な研究テーマ

感染症制御研究部が推進していく研究は3つあります。まず1つは、B型肝炎ウイルスとヒトパピローマウイルスなど腫瘍ウイルスが、がんを起こすメカニズムを解明すること。2つめは、そこから発展して診断・治療薬やワクチンの開発など、実用化に向けた基盤研究に着手することです。これは病院や医療関連企業、研究機関が集積している神戸医療産業都市だからこそ、積極的にアプローチできるのではと大変期待しています。3つめは社会的ニーズの高いウイルス感染症の研究です。私は新型コロナウイルスは専門ではありませんが、新型コロナウイルス研究は社会のニーズが高く、HBIが求められる研究施設になるという意味でも取り組んでいくべきテーマだと考えます。

感染研と機構の橋渡しにより創薬を実現する

本庶先生から新研究部の立ち上げに関わってほしいというお話をいただいた時は、率直に嬉しかったです。先生の下でドキドキハラハラと毎日を過ごした、駆け出し研究者時代を思い出しました。神戸では、価値観を共有できる人たちと同じ目標に向かって走れると思うと、モチベーションが上がります。感染研が持つユニークな研究素材と機構の力強い橋渡しのリソースを組み合わせ、創薬やワクチン開発のための基盤開発を行っていきたいと思います。

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MESSAGE

感染症制御研究部 村松 正道客員部長

アウトリーチ活動では、出前授業や動画配信などを通して、中高生などにサイエンスのおもしろさも伝えたいですね。

Profile小児科研修後、本庶佑研究室にて研究をスタート。12年間AIDを研究し、2007年に金沢大学医学部教授就任。現在は国立感染症研究所に所属しながら新研究部の立ち上げを助力。