KBICで活躍するトップランナーたち

味木 徹夫

医療技術の研究開発と医工融合人材の育成を目指す

味木 徹夫Ajiki Tetsuo

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センター センター長

先進的な外科治療を行うとともに、がんを中心とした治療や医療機器の研究開発等を目的とし開院された神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センター(ICCRC)。2020年には神戸大学が開発に参画した国産手術支援ロボット「hinotoriTM」を導入し、1例目の前立腺がん手術を成功させるなど、先鋭的な取り組みに多方面から視線が注がれています。神戸市と産業界、神戸大学が共同で進める「神戸未来医療構想」※においては、実証実験の拠点として重要な役割を担う同センター。味木徹夫センター長に、現在の活動や今後の展望などをうかがいました。
※神戸大学、神戸市、企業が参画し、神戸医療産業都市における医療機器開発等のエコシステムの形成を目指す取り組み

臨床・研究・教育に注力するリサーチホスピタル

先進的な外科的・内視鏡的がん治療を推進するICCRCでは、鏡視下手術やロボット手術など、身体への負担が少ない低侵襲医療を提供し、早期の消化器がんに対する内視鏡最新治療(ESD)にも積極的に取り組んでいます。また、神戸大学のリサーチホスピタルとして研究開発を推進し、治療技術の向上や人材育成に励んでいます。リサーチホスピタルという言葉に特別な定義はなく、「研究が診療と人材を育てていく病院」という解釈が適当かもしれません。アメリカのメイヨークリニックや、私が留学していたMDアンダーソンがんセンターなどを中心とした医療都市が先例となっています。リサーチホスピタルとしての核となる取り組みの一つが医工連携です。企業や大学などと共同して未来の医療につながるさまざまなプロジェクトを創出し、実践する病院を目指しています。

スポーツで養った心身が医師としての土台を築く

私はICCRCが設立された2017年からセンター長を務めています。胆道疾患を専門とし、長年、胆道がんの研究に勤しんできました。医師だった父が地域医療に力を尽くす姿を見て育ち、少年期から「人の役に立ちたい」という気持ちが強かったこともあり、気付けば父と同じ医師の道を歩んでいました。神戸大学医学部に進学し、卒業後は第一外科(消化器外科)学教室に入局。外科研修を経て大学院へ進み、病理学教室に出向しました。そこで消化器がんの臨床病理や胆道がんの遺伝子変異の研究に携わったことが、今の礎となっています。

学生の頃から文武両道をモットーとし、学問だけでなく部活動にも熱中しました。中学・高校はバスケットボール部、大学ではバドミントン部に所属。バドミントンは医師になってからも10年以上続けるほど夢中になりました。今も体を動かすことは好きで、リフレッシュと健康維持を兼ねてゴルフに出かけることもあります。医師の仕事は体力勝負。毎日ハードワークをこなせるのは、若い頃からスポーツで培った体力があるおかげだと自負しています。とはいえ、私1人の力では患者さんを救うことはできません。バスケットボールなどの団体競技と同じく、医療現場はチーム力が大事です。常日頃から「ICCRCの職員みんなで良い成績を残したい」という情熱を持ち、治療や研究にまい進していますが、顧みればこのマインドもまた、スポーツから得たものかもしれません。

産学官医の連携で進む次世代をとらえた医療開発

神戸未来医療構想でのICCRCの位置づけは2つあります。1つは、研究における実証の場としての役割です。現在は3つの研究プロジェクトが進行しており、とりわけ次世代ネットワークを活用した手術支援ロボット「hinotori™」の遠隔手術指導の開発には、大きな関心が寄せられています。現在、副センター長の山口雷藏教授が中心となり進めている、商用5Gを介した「hinotori™」の遠隔操作の実証実験は、隣接する統合型医療機器 研究開発・創出拠点「MeDIP」と連携して4度実施し、ほぼ遅延なく動作することを確認しました。また「hinotori™」を核としたロボットプラットフォームの構築や、患者さんの体液を利用してがん診断を行うリキッドバイオプシーによる精緻な予後予測モデルの開発も順調に進捗しており、社会実装も夢ではありません。

もう1つは、医療機器の開発プラットフォームとしての役割です。神戸大学医学研究科では来年度、医工融合型の新専攻を設置する予定となっており、その学生の受け入れと神戸医療産業都市内の企業とのさらなる連携を目指し、機能強化を目的とした当院の増築も予定されています。優秀な医工融合人材の輩出に向けた環境が整備されることで、神戸の地からよりイノベーションが生まれやすくなると期待しています。

研究成果を一日も早く患者さんへ還元するために

神戸医療産業都市では今後、医工連携に一層拍車がかかり、医療機器の開発スピードが加速していくでしょう。また、iPS細胞や遺伝子の研究、AI・通信技術の進化によって、診断と治療が目覚ましく進展していくことも予想され、治せる病気がさらに増えることは間違いありません。実際に胆道がんの分野においても、粒子線治療や抗がん剤治療などの次世代治療が相次いで導入されるようになり、多くの患者さんが元気を取り戻しています。神戸医療産業都市には、枠にとらわれることなく自由に挑戦できる土壌が形成されています。このような地の利を活かして生まれる新しい治療や技術をICCRCが牽引し、一日も早く患者さんの元に届けたいと考えています。

神戸未来医療構想に掲げられた最大のミッションは、第2、第3の「hinotori™」の開発です。新たな医療機器の創出には果てしない時間を要し、その道のりが険しいことは想像に難くありません。けれども、ICCRCの職員たちが柔軟な発想を展開し、実現化の一翼を担ってくれるだろうと楽しみにしています。

どれだけ医療技術が革新しても、患者さん一人一人の声に耳を傾け、気持ちに寄り添うことが医師としての原点。その上で最高の診断と治療を提供し、1つでも多くの命を救うことができれば幸いです。

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センターKobe University Hospital International Clinical Cancer Research Center

http://www.hosp.kobe-u.ac.jp/iccrc/

先進的な外科治療を行うとともに、がんを中心とした治療と医療機器の開発を行うことを目的として2017年に開院されました。

国産手術支援ロボット「hinotori™」の導入をはじめとする、がんに対する先進的な外科的・内視鏡的治療を推進する一方で、未来医工学研究開発センター、バイオリソースセンター、AI・デジタルヘルス推進室、ロボットトレーニングセンターをICCRC内に整備、新規医療と研究を推進する体制を確立しています。

実診療では、11の外科・外科系診療科が機能。2019年から始まった消化器内科で実施する早期の消化管癌に対するESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)治療は、安全で高いクオリティを保ち、患者さんの受入れ数も増加しています。

神戸大学医学部附属病院 国際がん医療・研究センター

“切らないゲノム編集® ”を新たな疾患治療へ応用

株式会社バイオパレット

リスクを抑えた独自のゲノム編集

ゲノム編集とは、生命の設計図であるDNA配列を改変する技術であり、現在は主にDNAを「ハサミ」のような機能を持つ酵素で切断する“切るゲノム編集”の医療応用に向けた研究開発が進んでいます。 一方、株式会社バイオパレットは、神戸大学の西田敬二教授および近藤昭彦教授が開発した、DNAを“切らないゲノム編集®”をコア技術としています。ゲノム編集の医療応用では、意図しない編集を避けるなど、精度と安全性が求められます。“切らないゲノム編集®”は、例えるなら「消しゴムとエンピツ」のような効果を発揮する酵素を用いてDNAを構成する塩基を別の塩基にピンポイントで置き換える技術であり、精密かつ正確な編集を行うことができます。同社ではこの技術をマイクロバイオーム(腸内の細菌叢※1)の分野に適用し、新たな疾患治療の開発を目指しています。

※1:生物の口腔内や皮膚など、身体のさまざまな部位に生息する細菌の集団

マイクロバイオーム治療を開拓

「近年の研究で、糖尿病やアルツハイマーなど多様な病気の発生に、マイクロバイオームが深く関与していることが判明し、腸活と呼ばれる表現も一般的になっています。当社では、強固な知財戦略と技術開発によって構築した“切らないゲノム編集®”を用いて、マイクロバイオーム中の細菌の遺伝子を体外で編集し、治療効果を付与して経口投与で腸に届ける次世代の治療法を開発中です。さらには、その細菌が流れ出てしまうことなく腸内へ定着できる機能を付加するなど、多重編集にも取り組んでいます」と、奥村亮取締役は力強く語ります。また、岩田清和取締役は「当社が拠点とするクリエイティブラボ神戸には、当社と同じく神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科の技術を基盤に誕生した他のスタートアップも入居し、バイオエコノミー※2という共通のキーワードのもとで切磋琢磨しています。その中で当社は、“切らないゲノム編集®”による治療法開発を着実に前進させ、これからの産業の中核となるバイオエコノミーを切り拓く事例を、神戸の地で創造したいと考えています」と意欲を見せます。現在は、病気の予防や未病治療にも事業の裾野を広げたいと奔走中。神戸発の新たなゲノム編集技術の未来に世界が注目しています。

 

※2:バイオテクノロジーなどを活用して地球規模の課題を解決し、経済も含めた持続可能な成長を目指す概念

奥村 亮 氏(左)取締役 チーフ・サイエンティフィック・オフィサー兼チーフ・ビジネス・オフィサー

岩田 清和 氏(右)取締役

当社では研究者の8割が博士号を保有し、使命感を持って研究開発に取り組んでいます。ゲノム編集に対しては不安を感じられる側面もあるかもしれませんが、当社のアプローチはヒトの遺伝子を対象とするものではなく、ヒトへの安全性に配慮した治療手段です。今後はゲノム編集に関する正確で分かりやすい情報の発信にも注力し、市民の皆さまのご理解とご支援のもと、病気の治療や予防に貢献していきます。

地域の健康を支える次世代の看護職者を養成

学校法人行吉学園 神戸女子大学大学院

専門性と組織能力を育てる

「自立心・対話力・創造性」を育むきめ細やかな指導で、学生の成長を支援している神戸女子大学。 1940年に設立した神戸新装女学院を原点とし、 2020年には創立80周年を迎えました。2015年に 看護学部を設置し、その1期生が卒業する2019年 に大学院看護学研究科を開設。生命の尊厳への 深い理解と実践科学としての看護の本質を探究する 姿勢を基盤とし、地域保健と医療に寄与する高度な 知識と技術を持った専門看護師や研究者、教育者 の育成を目指しています。

看護学部と看護学研究科では一貫して、「コミュニティ・オブ・プラクティス」の考え方に基づいた教育方法を取り入れています。コミュニティ・オブ・プラクティスとは、あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、持続的な相互交流を通して各分野の知識や技術を深めていく集団のこと。学年や課程の垣根を超えた学生間で学びのコミュニティを形成し、看護学と看護実践を相互に教え合うことで学習効果を高めています。

地域に根差し、実践力を磨く

神戸ポートアイランドにキャンパスを置く看護学研究科では、高度先端医療と研究開発の拠点という地域特性を活かし、教育や研究を推進しています。「神戸市立医療センター中央市民病院と兵庫県立子ども病院は実習施設であり、地域の医療機関と連携した教育を展開しています。中央市民病院の専門看護師とは共同研究を行った実績もあり、質の高い看護職を養成する上で、非常に恵まれた環境にあると感じています」と東ますみ研究科長。また、看護師・保健師・助産師の免許を持つ教員は、知識や技術を地域に還元しており、島内に開設した「子育てコラボサロン どーなつ」はその一例です。子育て講座の開催や、育児の悩みや不安について気軽に話し合える機会を市民に提供し、大学院生たちの実践の場にもなっています。「今後は、近隣の医療機関や健康科学関連企業に働きかけて共同研究を推進し、地域住民の健康やQOL(生活の質)の向上に貢献したい」と力を込める東研究科長。さらには、「看護研究について相談できるセンターなどを開設し、地域で活躍する看護職者の支援も行っていきたい」と展望を描きます。

ホール・コモンスペース

東 ますみ 氏看護学研究科 研究科長 看護学部 教授

神戸医療産業都市にある看護学研究科として、今後は産学官医の連携を積極的に行い、研究の成果を市民の皆さまへの健康支援や疾病予防、地域医療に従事する看護職者の支援などに役立てていきたいと考えています。また、社会貢献活動にもより一層励んでいきたいと思います。

神戸女子大学大学院