KBICで活躍するトップランナーたち

礒脇 明治

歯髄再生治療の確立で健康長寿社会へ貢献する

菊地 耕三Kikuchi Kozo

エア・ウォーターグループ アエラスバイオ株式会社 代表取締役
エア・ウォーター株式会社 国際くらしの医療館・神戸 館長

アエラスバイオ株式会社は、デジタル&インダストリー、エネルギーソリューション、ヘルス&セーフティー、アグリ&フーズ、物流・海水など幅広い事業を通して、環境や産業、社会への貢献を目指すエア・ウォーター株式会社のグループ会社として、2018年に設立されました。2019年には神戸医療産業都市に「国際くらしの医療館・神戸」を開館。人々の健やかな「くらし」を創造するための新製品やサービスを生み出す研究・開発拠点として、産学官医の連携のもとさまざまな取り組みが行われています。現在注力している事業や思い描く未来などについて、菊地耕三代表取締役にお話をうかがいました。

神戸から世界へ発信 歯の健康を守る新たな治療法

当社は「口内の健康は全身の健康につながる」という考えのもと、歯髄関連事業に取り組んでいます。歯髄とは歯の内部にある栄養を運ぶ血管や痛みを感じる神経が集まる部分で、神経や血管などを再生できる幹細胞を含んでいます。当社では親知らずや乳歯などの不用歯から歯髄幹細胞を採取して培養し保管する「アエラスバイオ歯髄幹細胞バンク」を開設。2020年には虫歯などが原因で神経を失った歯を、自己の歯髄幹細胞で治療する歯髄再生治療を世界で初めて実用化しました。「国際くらしの医療館・神戸」では、歯髄再生治療を中心とする医療分野に特化した研究開発を推進しています。館内にはエア・ウォーターの製品やサービスについて、見て、触れて、感じてもらえるよう手術室や周辺機器などが実装されており、医療関係者から一般の方々まで来場者が絶えません。皆さまにお越しいただけることをたいへん嬉しく思っています。

大きな成長につながった日本臓器移植ネットワークでの経験

神戸で生まれ育った私は、長らく医療関連の仕事に就いていました。若い頃は透析病院で働いていたのですが、増加する患者さんに対し腎移植が一向に進まない日本の医療体制に、いつしかもどかしさを覚えるようになりました。そんなとき、縁あって全米臓器分配機構(UNOS:United Network for Organ Sharing 、米国における公的な臓器移植仲介機関)で学ぶ機会に恵まれました。あとで知ったのですが、公的機関であるUNOSが受け入れた初めての外国人だったそうです。私が渡米するのと同時期に、日本でも脳死臓器移植を始めるにあたりUNOSのような組織を設立しようとする動きがあり、帰国後は日本臓器移植ネットワーク(JOT)の立ち上げメンバーとして招集されました。その後、1999年に高知赤十字病院で実施された日本初の脳死臓器提供に携わりました。絶対に失敗が許されないという大きな重圧と極限まで張り詰めた緊張感の中で職務を全うできたことは、私の人生において最も貴重な経験です。

多くの事例を担当した後に職務を退き、神戸に戻ってからはJOT時代からのご縁で、神戸医療産業都市内に新設計画が進んでいた病院の準備をお手伝いすることになり、その時に支援してもらったのがエア・ウォーターでした。当時、エア・ウォーターは歯科商材を販売するグループ会社「歯愛メディカル」と共に、歯髄再生治療の将来性に着眼し、社会実装に向けて動き始めたところでした。その治療が実現すれば歯科医療が大きく変わるのではと関心を持ったことがきっかけで、歯髄関連事業を任されることになりました。

今を楽しみながら不断の努力でいばらの道を歩む

子どもの頃から目の前に難題が現れると、「必ずクリアする!」と燃えるタイプ。JOTの立ち上げや日本初の脳死臓器提供の実現、新病院の開設と、今まで携わった仕事はいずれも一筋縄ではいかないものばかりでしたが、やりがいや達成感は格別でした。もともと、多方面から人材を集めてゼロから組織やネットワークを構築することは得意。コツコツと努力を積み重ねながら高いハードルを乗り越えてきました。現在従事している歯髄関連事業はまだ道半ばで確立するまで苦労は尽きませんが、チャレンジすることを楽しみながら精進する毎日です。

休日返上の多忙な日々を過ごす中で、たまの息抜きにと家庭菜園を始めました。人生で初めてイチゴの露地栽培にトライしたものの、なかなかうまくいきません。越冬した株は強いだろうと、生き残った3株で大粒イチゴの収穫を目指し再挑戦しているところです。仕事と同じく、「必ずクリアするぞ!」と意気込んでいるのですが、思うようには大きくならないものですね。グループ会社の土壌分析装置を使って土づくりから見直してみようかな、と思っています(笑)

歯髄再生治療の可能性を信じ医療の未来を革新したい

歯髄再生治療の実用化はスタートしたばかりですが、当社の歯髄幹細胞バンクと提携する歯科医院は130施設を超え全国各地に広がっており、治療施設も確実に増えています。また、より多くの人が治療を受けられるよう、新たに他者の歯髄幹細胞を利用した治療の臨床研究を進めています。次のステップでは、歯の主成分である象牙質(ぞうげしつ)の再生に着手する計画が進行しており、いずれは顎骨の再生にも着手したいと考えています。これが実現すれば、失った歯や痩せてしまった顎の骨を蘇らせることに一歩近づくでしょう。

また歯髄幹細胞は、歯科に限らず広く医療分野に応用できる可能性を秘めています。病気やけがで機能不全になった臓器や組織の再生に、歯髄幹細胞が役立つ未来を築くことが私の夢です。

神戸医療産業都市には、最先端の医療機器や治療の研究開発、創薬に取り組む企業や機関が集まっています。次々と生まれるイノベーションに刺激を受けながら、高い志を持った人たちとともに切磋琢磨できることは、私たちにとって大きな励みです。神戸市や神戸医療産業都市推進機構の手厚い支援もたいへん心強く感じています。

今後も歯髄幹細胞の利用価値を高めるために研究開発を推進し、「国際くらしの医療館・神戸」が神戸医療産業都市の顔となる施設へと成長できるよう、ひたむきに努力を重ねていきます。

アエラスバイオ株式会社Aeras Bio Inc.

https://aerasbio.co.jp//

アエラスバイオ株式会社は、多様な領域の事業を展開するエア・ウォーターグループの中でも「ヘルス&セーフティー」の事業領域で、身体の健康に密接していることから近年注目が高まっている「口腔の健康」を通じて、グループのミッションでもある、健康長寿社会の実現に貢献しています。

本社を置くポートアイランドの『国際くらしの医療館・神戸』には、実際に歯髄再生治療が可能なデンタルクリニックが入っているほか、治療の説明や口腔ケア製品のショールームとしての役割もあり、医療関係者や学生さんをはじめとする多くの方が見学に訪れています(要予約)。

千寿製薬株式会社 神戸イノベイティブセンター

「富岳」を中核とするスパコンの産業利用を促進する

公益財団法人 計算科学振興財団(FOCUS)

スパコンで産業界の課題を解決

公益財団法人計算科学振興財団(FOCUS)は、理化学研究所の「京」をはじめとするスーパーコンピュータ(スパコン)の産業利用の促進を図るため、産学官の連携協力により2008年に設立されました。現在は、「京」の後継機である「富岳」を中心に、国内の大学・研究機関などの主要なスパコンや「FOCUSスパコン」の産業界での利用を推し進めるため、その環境整備や普及・啓発活動、人材育成などに取り組んでいます。

超高速の計算能力を持ち、現実世界では観測が困難な現象の数値シミュレーションを効率良く実行するスパコン。その存在は新型コロナウィルス感染症の飛沫シミュレーションにおける「富岳」の活躍によっても、広く認知されるようになりました。常務理事を務める末久広朗氏は「最近では、産業界からもスパコンを活用したいという声が増えています」と話します。財団が運用する産業利用向けの公的スーパーコンピュータ「FOCUSスパコン」は、「血流シミュレーション心臓手術設計支援」「食器洗い乾燥機における乾燥運転の性能予測」「『本能寺の変』における建造物火災再現シミュレーション」など、健康・医療やものづくり、防災・安全、環境・エネルギーと、多種多様な研究分野で活躍。その成果が私たちの生活に身近なものにも活かされ、より豊かな暮らしにつながっています。「今後はより多様な場面でスパコンが活躍するようになるはず」と、末久氏は期待を込めます。

計算科学の先進拠点・神戸

神戸医療産業都市の「シミュレーション・クラスター」には、FOCUSのほか、「富岳」を運用する理化学研究所、高度情報科学技術研究機構、神戸大学や兵庫県立大学の研究機関など、計算科学分野をリードする組織が数多く集まっています。この全国に例を見ない環境が相互連携をスムーズにし、様々な活動を推進していく上で大きなアドバンテージになっていると断言する末久氏。「近年は創薬分野や病気の診断・治療の開発にもスパコンが役立てられています。シミュレーション・クラスターの一翼を担う機関として、医療分野の研究開発がより効率的に進められるよう更なる連携を図りたい」と展望を語りました。

FOCUS内には、スパコンの歴史や利用事例をパネルなどでわかりやすく紹介した展示コーナーがあり、過去に性能ランキングで世界一に輝いた日本製スパコンのパーツも自由に見学することができます。

分散コンピュータ博物館 営業時間:9時〜17時 / 入場料:無料

末久 広朗 氏常務理事(兼)事務局長

私たちは、市民の皆さんに計算科学やスパコンに興味を持っていただくための啓蒙活動にも取り組んでいます。特に次世代を担う若い世代へのアプローチに力を注ぎ、中高生が気軽に学べるセミナーも開催しています。 神戸医療産業都市一般公開の現地開催日10月29日には、毎年恒例の一般向けセミナーを予定していますので、ぜひご参加ください。

末久 広朗 氏

小児がん患者を中心に幅広い世代へも
高度陽子線治療を提供

兵庫県立粒子線医療センター附属 神戸陽子線センター

最先端設備で高精度治療を実現

陽子線治療は放射線治療の一種で、がんに用いる治療法の一つです。水素の原子核である陽子を加速させてエネルギーを高めた陽子線と呼ばれるビームを、身体の外からがん細胞に照射して治療を行います。一般的な放射線治療に使われるエックス線は、病巣周囲の正常な細胞組織にもダメージを与えるのが難点ですが、陽子線は設定した深さに到達したところで一気に高いエネルギーを放出します。そのため、病巣へピンポイントで集中的に高線量を投与することが可能で、正常組織の損傷を大きく減らすとともに、高い治療効果が期待できます。現在は小児がんや成人の前立腺がんをはじめ、骨軟部腫瘍、肝がん、再発した直腸がんなどが治療対象となっており、保険適用となるがん疾患も増えてきています。

兵庫県立粒子線医療センター附属神戸陽子線センターは、小児がんの患者さんに重点を置きながら、あらゆる世代へ幅広く陽子線治療を提供する目的で2017年に開設されました。最先端の陽子線治療装置を導入し、高精度な最新治療を行っています。

がん医療の未来を切り拓く

陽子線による小児がんの治療件数では、国内トップクラスの実績を誇る当センター。「海のトンネル」をイメージした小児用照射室を備え、治療時は専任の小児麻酔科医が患者の出迎えと見送りを行うなど、子どもたちがリラックスできる環境を整えています。また、兵庫県立こども病院とは通路で結ばれており、緊密に連携を図りながら安全・安心な治療の推進に努めています。

近年は、医学の進歩によって小児がんに対する放射線治療の成績が向上し、それにより長期生存者が増えました。しかしその一方で、晩年に起こる二次がん等の合併症が問題視されています。「陽子線治療は晩期合併症へのリスクを最小限に抑えることができる治療法であり、ひいては将来の医療費削減に貢献できると考え、我々は日々懸命に治療に取り組んでいます」と副島俊典センター長。神戸医療産業都市に拠点を置くメリットは、兵庫県立こども病院、神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センターや神戸低侵襲がん医療センターなど、近隣のさまざまな機関と連携してより良い医療を提供できることだと強調します。地域に集積する高度な専門医療機関とのさらなる関係強化を図りながら、がん治療の発展に情熱を注いでいます。

小児用照射室

副島 俊典 氏センター長

専用設備と高度技術が必要な陽子線治療は、どこの病院でも気軽に受けられる治療ではありません。当センターはこども病院との連携を実現した国内初の専門施設であり、豊富な経験と実績を生かした治療に努めています。「神戸医療産業都市一般公開」(10月29日(土)、30日(日)開催)では、陽子線治療の動画解説(オンライン)を予定しています。ぜひご覧ください。