KBICで活躍するトップランナーたち

松井 淳

最高峰の眼科治療を誰もが享受できる世に

栗本 康夫Kurimoto Yasuo

神戸市立神戸アイセンター病院
院長

滲出型加齢黄斑変性※1や網膜色素変性症※2といった眼の難病に対し、iPS細胞を応用した世界初の移植手術を次々と成功へと導いている神戸市立神戸アイセンター病院。その臨床チームリーダーを務める栗本康夫院長は、世界トップクラスの眼科医であり医学研究者です。今回は栗本院長に、神戸アイセンター病院で現在進んでいる臨床研究や今後の目標について聞きました。また数々の偉業に隠れ、あまり語られることのなかった栗本院長のプライベートな一面についてもひも解いていきます。

趣味のピアノで視覚障がい者の社会活動を支援

院長としての業務や臨床研究などに奔走する日々の中、早起きしてピアノを弾く時間がリフレッシュになっています。初めて伴盤に触れたのは5歳の時。当初は親にやらされていたので小学生になると練習に嫌気が差し、一度は辞めたのですが、その後クラシック音楽に目覚め、小学6年生の時に自ら進んで基礎からやり直しました。中高生時代は一生懸命レッスンに励みましたが、大学院修了後に仕事が忙しくなってしまい中断。博士研究員としてハーバード大学に勤務した40歳の頃に少し時間にゆとりができ、娘に買った電子ピアノで再開しました。国内外のコンクールで優勝を重ねるうちに演奏を聴きに来てくださる人が増え、私の趣味が少しでも社会の役に立てばと、チャリティーコンサートを開くようになりました。コンサートは、観客の皆さんに視覚障がいについてお話しすることができる、とても大事な機会です。入場料や観客からの募金は、当院と同グループで 視覚障がい者の社会復帰支援やリハビリテーション などを行う団体「公益社団法人NEXT VISION」に 全額寄付しています。

将来の目標設定を精神科医から眼科医へシフト

関西との縁ができたのは大学に入ってからです。生まれは神奈川で、高校生まで首都圏のベッドタウンで暮らしました。中高生の時に臨床心理学に興味が湧いてユングやフロイトの本を読み漁り、その道を追究するには精神科医になるのが最善だろうと、医師を目指すことに。日本の臨床心理学の権威である心理学者・河合隼雄氏に学びたい一心で、河合氏が教育学部の教授を務めていた京都大学へ進学しました。私は医学部生でしたが、しばしば教育学部の教室に潜り込んで河合教授の講義に聞き入っていました。

学部生時代に見学した精神病院で現場の厳しい実情を目の当たりにし、自分が理想とする臨床心理学を実践するのは難しいと精神科医の道を断念。一方で、当時は心理物理学等で人間がどのように物の見え方を認知するのかといった視覚研究が進んでいたことから視覚に興味を持ち始め、精神科から眼科へと舵を切りました。大学院進学後は再生医療分野への関心を深めたのですが、眼科の神経再生医療について研究を行っている機関が日本にはまだない時代でした。そこで、眼科教室に所属しながら、脳の再生医療に取り組んでいた京都大学の脳神経研究施設へ通わせてもらい、ひたむきに研究と向かい合って今の礎を築きました。

眼の病気に特化した公的病院が持つさまざまなメリット

当院は2022年に開設5周年を迎えました。今改め て、日本で唯一の公的な眼科専門病院を立ち上げた メリットは大きかったと実感しています。まず一つに、 眼科に適した人員配置や院内システムを速やかに整備 できるため、診療の質や患者サービスが格段に向上 しました。また、「良い眼科病院を作ろう」という思いを 職員間で共有することができ、スタッフの士気向上に つながっています。当院の使命の一つである視覚障 がい者支援については、「NEXT VISION」との連携 により支援内容と支援者数が劇的に増えました。

前身の神戸市立医療センター中央市民病院眼科と 先端医療センター病院眼科の時代から推進してきた iPS細胞治療の臨床研究についても、概ね順調に進ん でいます。2022年は網膜色素上皮(RPE)不全症と いう眼の難病に対し、iPS細胞から作製したRPE細胞を ひも状に加工して移植する手術を世界で初めて実施。 従来のシート状や液状の細胞移植で懸念されたデメ リットを改善したことで定着率が上がり、手術時に患者 さんにかかる身体的負担も軽減されました。また細胞 調整の一部は、神戸アイセンターを拠点とする「株式 会社VC Cell Therapy」が開発に加わっている汎用 ヒト型ロボット「まほろ」で行っています。私たちが目指 すのは、医師や培養士の熟練度に依存しないiPS細胞 移植手術の実現であり、細胞形状の改良やAIロボット による細胞製造は、それに向けた取り組みの一環です。 本臨床研究は現在、治療の安全性を確認し効果を 検証する段階に移行中であり、クリアすべき課題は まだ山積みですが、着実に前進しています。

世界に先駆けて新しい治療法を確立しいつの日か神戸に恩返ししたい

私たちが新しいことに挑戦できるのは、神戸市や神戸医療産業都市での手厚い支援が得られるからこそ。そもそも神戸医療産業都市が存在しなければ当院は生まれておらず、世界をけん引するiPS細胞治療のプロジェクトが神戸の地で進められることもなかったでしょう。神戸で生まれた研究シーズを臨床へとつなぐ一大プロジェクトを成し遂げることが私たちの最大のミッションです。「安心・安全なiPS細胞治療を確立することで神戸市や神戸医療産業都市のブランド力を高めたい」と研究に取り組んでいます。将来的には日本中から神戸アイセンター病院が注目され、多くの患者さんが治療できるようになり、そして当院を拠点に新しい治療法を世界へと輸出できるようになることが目標です。眼の難病で苦しむ世界中の患者さんたちを救うと共に、日本の医療産業の発展を支える一助になることを目指して、今後も患者さんの安全を最優先に、神戸アイセンター病院を市民の皆さんに誇りに思っていただける施設にしていきたいと思っています。

※1 目の中に正常とは違う、もろく破れやすい血管が新生されて、そこからの出血や、血液中の水分(滲出液)がもれることによって、黄斑部 (眼球内部の網膜の中心部)の下に血液や滲出液がたまってしまい、 視野の中心にある「見たいもの」が見えにくくなってしまう疾患

※2 長い年月をかけて網膜の視細胞が退行変性していくことにより、主に暗いところでの見えづらさや、視野の狭まり、光への過剰反応などが認められるようになる疾患

神戸市立神戸アイセンター病院Kobe City Eye Hospital

神戸市立神戸アイセンター病院HP:https://kobe.eye.center.kcho.jp/

神戸市立医療センター中央市民病院眼科と先端医療センター病院眼科を統合して眼科診療機能を強化した、日本で唯一の公的な眼科専門病院です。神戸市の基幹病院として眼科地域医療の中核を担いながら、最先端の高度医療をいち早く取り入れ、視覚に障がいが残ってしまった患者さんのリハビリテーションや社会復帰支援にも尽力しています。

神戸市立神戸アイセンター病院

遺伝子治療用製品の製造基盤を整備し、
地域貢献を目指す

株式会社シンプロジェン

独自のDNA合成技術で世界に挑戦

神戸大学発のスタートアップとして、2017年に設立された株式会社シンプロジェンは、非常に長い配列のDNAを正確に合成する独自技術を活用し、遺伝子治療用製品の設計・プロセス開発・分析の受託サービスを提供しています。遺伝子治療とは、これまで有効な治療法のなかった重篤な疾患を根治することが期待される新しい治療手段です。数年前には、脊髄性筋萎縮症や急性リンパ性白血病、悪性リンパ腫を対象とする遺伝子治療用製品が治療に用いられるようになり、欧米を中心に開発競争が活発化しています。

グローバル市場が急成長を続ける中、精鋭メンバーを結集し同分野への参入に挑むシンプロジェンは、2022年12月、患者さんへの投与が可能な最終製品の製造に関して、国内外の開発パートナー企業との提携を発表しました。難治性疾患に苦しむ患者さんを救う画期的な治療法の芽が神戸で生まれています。

国の経済発展を見据えた事業を展開

同社は2022年12月、神戸アイセンターに拠点を構え る株式会社VC Gene Therapyから、眼の難病である網膜色素変性における遺伝子治療の開発を受託しま した。両社はポートライナーで1駅の距離にあり、「緊密な協業を進める上で、物理的な距離の近さは大変重要 な要素の一つである」と山本一彦代表取締役社長は言います。また、神戸医療産業都市内の企業連携によって 生まれたこの事業は「政府が推進する『スタートアップ・エコシステム※』構築の方針にも沿った、ライフサイエンス系ベンチャー同士の具体的な連携事例と言える」とその意義を強調。同社が入居するライフサイエンス 分野の最先端研究開発施設であるクリエイティブラボ 神戸(CLIK)など、研究開発に特化した神戸医療産業 都市内の施設を活用し、精力的に事業を推進しています。今後の同社のビジョンは研究開発から製造まで、神戸に遺伝子治療用製品の産業バリューチェーンを構築することです。山本社長は「日本の経済安全保障の観点からも、製造基盤を速やかに国内に整備することが極めて重要ではないか」との見解を示しています。この意見には、昨年CLIKを視察された岸田文雄内閣総理大臣や本年1月に視察された永岡桂子文部科学大臣からも理解が得られたとのこと。同社のさらなる活躍に熱い視線が注がれています。

※産学官等の連携でスタートアップを創出し、人材や技術、資金を呼び込んで発展を持続させていくこと

CLIK視察時の岸田首相と

山本 一彦 氏代表取締役 社長 兼 CEO

遺伝子治療用製品の分野において、設計・開発・分析から製造に至るまでの一気通貫の産業バリューチェーンを神戸医療産業都市に構築すべく奮励努力しています。その実現により、神戸市に「良質な雇用」と「豊かな税収」をもたらしたいと考えていますので、応援をお願いいたします。

山本 一彦 氏

専門性の高いデータサイエンス教育で
先端IT人材を育てる

兵庫県公立大学法人 兵庫県立大学大学院
情報科学研究科

急速な情報科学技術の進歩に対応

兵庫県立大学大学院情報科学研究科は、データサイエンティストを養成する「データ科学コース」、スーパーコンピュータを駆使する計算科学者の輩出を目指す「計算科学コース」、健康医療分野へのデータ応用研究に取り組む「健康医療科学コース」、高い専門性を備えたセキュリティ技術者を育てる「情報セキュリティ科学コース」の4つのコースで編成され、各分野の第一線で活躍する専門家が教育者として指導にあたっています。同研究科が拠点の一つとする「神戸情報科学キャンパス」は、計算科学分野の研究機関が集積するポートアイランドの南側に立地。周辺機関等と連携し、超スマート社会の実現やビッグデータ利活用の促進に貢献できる先端IT人材の育成や教育研究が行われています。

医療・健康データを活用し病気を予防

なかでも「健康医療科学コース」では、スーパーコンピュータ「富岳」を用いた心臓モデルシミュレーションの研究や、神戸市立医療センター中央市民病院と連携した健康・医療データ収集のあり方の研究など、神戸医療産業都市のリソースを活用した研究活動に取り組んでいます。同コース長であり、神戸リサーチコンプレックス協議会の専門委員も務める竹村匡正教授は、「神戸医療産業都市にキャンパスを置くことで、神戸医療産業都市推進機構の支援が得られ、ポートアイランド内の企業等との事業や研究が推進しやすくなった。私たちのデータ応用研究が多様な発想と結びつき、新しい医療サービスが生まれる可能性がある」と期待感をにじませます。

神戸医療産業都市で実現したい構想として竹村教授がまず挙げたのは、ポートアイランドにある全ての病院を1つの病院とみなして患者データ等を結ぶ、医療情報共有システムの構築です。「運用資金の問題などさまざまな障壁はあるが、具体化できれば院内業務の効率化や患者サービスの向上につながる」と主張します。また、神戸医療産業都市推進機構名誉理事長の井村裕夫氏(京都大学名誉教授)が唱える「先制医療※」についても言及。「市民の生活データと医療データをつなぎ、ゲノム情報やバイオマーカーなども用いることで、先制医療の実現化は可能。各人に合った病気の予防や早期介入を目指したい」と語りました。

※特定の疾患に罹患するリスクが高いと思われる人を選別し、発症する前に適切に治療的な介入を行い、発症を未然に防ぐ、もしくは遅らせようという概念

キャンパスでの研究会風景

竹村 匡正 氏情報科学研究科教授・博士(保健学)

神戸市には、市内在住・在学・在勤の方にヘルスケア関連の新製品等のモニター調査にご協力いただく「ヘルスケア市民サポーター制度」があります。ぜひ、楽しみながらご参加ください。モニター調査を通じて得たデータは大切に活用させていただき、皆さまの健康に寄与できるような製品・サービスの開発を進めていきます。