KBICで活躍するトップランナーたち

藤澤 正人

研究総合大学の新たな社会的価値を創造する

藤澤 正人Fujisawa Masato

神戸大学 学長

2022年に創立120年を迎えた神戸大学は「学理と実際の調和」を建学の理念に掲げ、「真摯・自由・協同」の精神のもと、多様な分野で活躍する有能な人材を多数輩出しています。2021年より学長を務める藤澤正人氏は、長く泌尿器科の第一線で活躍した臨床医であり、日本を代表する泌尿器がんの名医。初の国産手術支援ロボット「hinotoriTMサージカルロボットシステム」の開発メンバーにも名を連ね、その実績は国内外で高く評価されています。今回は藤澤学長が推進する教育改革や、神戸医療産業都市での新たな取り組みについてうかがいました。

「異分野共創」をテーマに多様な改革を推進

10学部15研究科を有する神戸大学では、現在約1万6000人の学生たちが学んでいます。近年は出生率の低下が著しく、大学にとって苦境の時代が到来すると予測しますが、前に向かって進むしかありません。本学では「知と人を創る異分野共創研究教育グローバル拠点」の実現を目指し、若手研究者の支援や教育・研究環境の整備など、さまざまな改革に着手しています。その一つとして、2022年10月に医工学、バイオ工学等、健康長寿実現に向けたイノベーション研究拠点「デジタルバイオ&ライフサイエンス・リサーチパーク」を神戸医療産業都市に形成。2023年4月には大学院医学研究科に医療機器開発の実践教育を行う「医療創成工学専攻」を日本で初めて開設しました。本学は多様な社会課題の解決に取り組むとともに、未来に羽ばたく人材の育成に注力しています。

次世代の医療に貢献する「人を遺す」ことこそ我が使命

学長に就任して以降、精力的に改革を推進しているのには理由があります。実は私も含め親族に神戸大学の卒業生が多く、育ててもらった恩返しをしたい気持ちが強いのです。

自然豊かな神崎郡市川町に生まれ、3人兄弟の末っ子だった私は両親の愛情をたっぷり受けて育ちました。わんぱくで毎日野山を駆けめぐり、小学校では先生に怒られてばかりでしたが、医師への憧れが芽生えたのはその頃です。町には1軒しか医院がなく、体調が悪い時にお世話になっていたお医者さんの姿を見て、幼心に尊敬の念を抱いていました。中高は勉学に勤しみ、「自分で人生を切り拓ける職業は何だろう」と考え、高校生の時に医師になることを決意し、医学の道に進めば、自分のやりたい研究ができるのではないかという期待もあり、神戸大学医学部へ進学しました。医学部卒業後は、当時発展途上だった泌尿器科領域に魅力と可能性を感じ、泌尿器科医を選択。同大学院医学研究科に入ると精子形成障害に関する基礎研究に熱中し、2年間の米国留学中は研究活動に加え、日本ではまだ患者が少なかった前立腺がんの手術手技や知識も吸収しました。いつしか人材教育にも関心を広げ、帰国後は神戸大学に戻り、臨床、研究、教育に携わる道を選びました。私は常に、次世代の医療を担う「人を遺す」ことに力点を置いています。良き師に学び今の自分があるのだから、私も人を育てるのは当然の使命。教え子が大学教授や院長になり活躍してくれていることが一番の喜びです。

知識と経験の引き出しを増やす教育研究環境を目指す

私の大学時代は医学一筋でしたが、今の学生たちには自分の専門分野以外も幅広く学んでほしいと思っています。若いうちに頭の中の引き出しを増やすと感性が養われ、多角的に物事を見ることもでき、将来何かに挑戦する時の助けになります。そう考えるに至ったのは、「hinotoriTM」の開発に携わった経験からです。医療者とエンジニアは持ち合わせている専門知識や考え方が異なるので、開発段階で私が機器の問題点を伝えても、彼らがその本質を汲み取って形に落とし込むまでにかなりの時間がかかりました。議論を煮詰めるうちに互いの理解が深まり、スムーズに開発が進むようになりましたが、このプロジェクトから私の今につながる大きな学びを得ました。

日本の医療機器開発が他国に遅れをとっている理由の一つは、医療者の発想力とエンジニアの技術力をつなぐコーディネーターの不在だと考えます。こうした医工連携の橋渡し人材を育成し、日本の医療機器開発を加速化させるために「医療創成工学専攻」を設立しました。またこれからは、医療もロボット化やデジタル化の時代です。手術だけでなく、入院中の患者管理や食事配膳などあらゆる場面で導入が進むでしょう。時流に即し、神戸医療産業都市にある神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センターではインキュベーションラボの開設を進行中です。実際の病床や手術室を用いて医療機器開発に取り組む環境を整備し、リサーチホスピタルとしての機能を高めたいと考えています。

産学官の強固な連携で社会実装につなぐ研究開発を

先端医療技術の研究開発拠点である神戸医療産業都市には、創薬や再生医療、医療機器開発で世界に誇る実績があります。一方本学は、各分野の高い専門性を有する関連機関をポートアイランドに集積しており、神戸医療産業都市推進機構の支援のもとポートアイランドに進出している企業や研究機関との連携が強化できれば、地域のさらなる発展に貢献できるでしょう。産学官で協働しながら社会実装につながる研究開発を推進し、社会に役に立つ大学として存在感を示したいですね。

私は頭の中に広がるアイデアを土曜日に整理しています。平日はスケジュールが過密なため、休日出勤し考える時間に充てているんですよ。リフレッシュは仏像鑑賞です。妻と奈良や京都の古寺を巡り、仏像の表情や造形美をじっくり眺め、その世界観に浸っています。今は仕事への気力に満ちていますが、いつまでも現役ではいられません。次世代へ確かなバトンを渡すことを念頭に置きながら、与えられた道を突き進んでいきます。

国立大学法人 神戸大学Kobe University

国立大学法人 神戸大学HP:
https://www.kobe-u.ac.jp/

神戸大学は、「人文・人間科学系」、「社会科学系」、「自然科学系」、「生命・医学系」の4大学術系列の下に10の学部、15の大学院、1研究所と多数のセンターを有する総合大学です。ポートアイランドには、手術支援ロボットを導入した医学部附属のリサーチホスピタルである、国際がん医療・研究センター(写真)を有します。国際港湾都市・神戸において「学理と実際の調和」という理念を掲げ、「知」の創造と社会に貢献できる「人材」の養成に取り組み、各界で活躍する多くの卒業生を輩出しています。

国立大学法人 神戸大学

バイオものづくりをリードする独自技術で
産業界に変革を起こす

株式会社バッカス・バイオイノベーション

微生物の可能性に焦点を当てる

2020年に設立した株式会社バッカス・バイオイノベーションは、現在アジアで唯一「統合型バイオファウンドリ®」事業を展開している神戸大学発のスタートアップ企業です。バイオファウンドリとは、微生物からあらゆる物質をつくり出すバイオものづくりに必要なプラットフォーム技術を集積した事業モデルを指します。同社では、神戸大学の研究成果である先端バイオ技術にデジタル技術を融合した技術基盤により、特定の物質を高効率に生産する微生物の開発・改良から生産プロセスの開発までをワンストップで行っています。育成した微生物によって、医薬品や化粧品の原料、プラスチック、燃料など多種多様な物質の生産が可能となり、バイオものづくりは今後、大幅な市場拡大が見込まれている分野です。日本のバイオものづくりが発展する上で同社の技術は欠くことができず、産業界から熱い視線が注がれています。

神戸医療産業都市をバイオものづくり都市に

2023年、新エネルギー・産業技術総合開発機構によるグリーンイノベーション基金事業として、同社とカネカ、日揮ホールディングス、島津製作所との共同プロジェクト「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」が採択されました。本プロジェクトは国が推進するカーボンリサイクルの実現に貢献するものであり、4社の技術力と知見を結集し、化石資源に依存しない循環型バイオものづくり技術の実現を目指します。丹治幹雄代表取締役社長は「本プロジェクトにおける当社のミッションは、CO2を原料に物質を生成する水素酸化細菌によってものづくりを行うためのプラットフォームを構築すること。成功すれば世界初となり、我々がこの分野をリードすることができるだろう」と期待を込めた展望を語ります。

また、神戸医療産業都市に拠点を置くメリットについて「神戸大学や神戸大学統合研究拠点等の関連機関と連携が取りやすく、2020年に新設されたバイオ系研究開発施設であるクリエイティブラボ神戸(同社の入居先)を利活用できることが大きい。加えて、バイオものづくりで連携できる企業やスタートアップが数多く集積していることも魅力であり、協業の可能性を感じている」と言及。神戸医療産業都市がバイオものづくり都市としても発展する未来を描き、挑戦を続けていきます。

バイオものづくりの拠点となるラボ

丹治 幹雄 氏代表取締役社長

当社が世界のバイオものづくりを牽引し、大きな産業として確立することができれば、世界中から神戸に多くの企業が集まり、雇用創出にもつながります。神戸医療産業都市が市民の皆様にとっての誇りとなるよう、我々もより一層努力していきたいと思います。

小山 英則  氏

多様な小児疾患に対し最先端治療を提供する

兵庫県立こども病院

難治性血液がんの最新治療をスタート

2016年に須磨からポートアイランドへ移転し、神戸医療産業都市の中核施設としての役割を担う兵庫県立こども病院。総合周産期母子医療センターや小児救命救急センター、小児がん医療センター、小児心臓センターなどを有し、小児医療の最後の砦として24時間体制で診療を行っています。

また、小児がんの拠点施設でもある同病院では、2023年5月から血液・腫瘍内科でCAR-T細胞療法を開始しました。この治療は、患者さん自身が持っている免疫細胞の一種であるT細胞を血液から採取し、がんと戦うように強化して体に戻すという高度な免疫治療法で、難治性の白血病やリンパ腫などの血液がんに対する新たな治療法として注目を集めています。CAR-T細胞療法を実施するには、副作用に対応できる院内体制の整備が求められることから、現在のところ限られた施設でしか治療を行うことができません。同病院は全国でも珍しい小児に特化したCAR-T細胞治療提供施設として、その活躍が期待されています。飯島一誠院長は、「1例目では主治医も驚くほど劇的に患者さんが回復し、高い効果を実感することができた。近々2例目の実施も予定しており、今後増えることが予想されるCAR-T細胞療法へのニーズに積極的に応えていきたい」と意欲を見せます。(2023.7.28取材日時点)

(左)ディープフリーザーより製品の取り出し
(右)溶解後の製品吸引

地域資源を生かした臨床研究を推進

国内でも有数の症例数を誇る同病院では、臨床で得た多様な経験や知識、データを活用し、臨床研究にも力を注いでいます。飯島院長も難病に指定されている小児ネフローゼ症候群の研究を長年にわたって続けており、臨床と研究活動にバランスよく取り組む医師が増えることを熱望しています。神戸医療産業都市には、企業や研究機関、大学と連携を図りながら臨床研究を推進しやすい環境が整っている点に大きなメリットを感じているとし、「我々もこの恵まれた環境を活用し、ポートアイランドに拠点を置く理化学研究所と毎年ジョイントシンポジウムを開催して互いの交流を深め、iPS細胞に関する共同研究も進行している。こうした実績を小児疾患の予防や治療の発展につなげていきたい」と話します。

また今後は、神戸医療産業都市に進出する企業・団体の協力を得ながら、院内システムのIT化を促進することが重要だと明言。「何かと制限の多い入院生活だが、患者さんにとってできる限りストレスの少ない環境を整えていきたい」と展望を語りました。

飯島 一誠 氏院長

当院が活動を継続するためには、市民の皆様のご理解やご支援が必要です。ぜひ病院ボランティアや寄付などでご協力をお願いします。また、私が運営委員長を務めるドナルド・マクドナルド・ハウス神戸でもボランティアを募集していますので、個人や団体でお手伝いいただけると幸いです。