老化研究関連

老化研究における加齢マウスの整備と
加齢マウス供給事業の展開

鍋島 陽一

鍋島 陽一

鍋島 陽一

高齢者の機能低下、機能障害、疾患発症の最大のリスクファクターは老化であり、老化は人類が21世紀に取り組むべき最重要課題である。人類は有史以来、老化を遅らせることに取り組んできたが(1)老化は、遺伝的要因、環境的要因等が複雑に絡み合う現象であり、(2)老化にともなう変化が徐々に起こり、しかも個体差が大きく、かつ(3)研究対象が分子、細胞、 組織、臓器、個体の各階層におよび、(4)長期的解析、集団の解析が必要であることなどの困難性によって研究の進展が阻まれてきた。しかし、近年、線虫、ショウジョウバエなどのモデル生物を用いた分子遺伝学的研究によって寿命、老化遺伝子が同定され、突破口が切り開かれた。次いて同定された遺伝子を共通言語としてほ乳類、ヒトへと研究が展開され、分子と組織・器官、個体老化を繋ぐ統合的な理解が進み、老化研究は急速に進展している。さらに最近ではヒトの縦断、横断コホート研究、ゲノム解析による集団の理解が進み、同時にオミックス解析、ビッグデータ解析、AIの導入など、新たな解析技術も加わり飛躍的な進展が期待されるところとなっている。今日の老化研究の進歩は、困難性を念頭においた解析手段の開発と解析技術の進歩に依存している。この事実は、老化研究の困難性を克服する手段を組織的、体系的に講じることの重要性を示すと共に困難性に対応した研究推進策を講じることができれば、老化研究の速やかな発展が期待できることも示している。ナショナルバイオリソースプロジェクト(N B R P)では、これまで様々な動植物の遺伝子資源、遺伝子変異体の収集、保存、供給に取り組んできたが、この度、その取り組みの一環として加齢マウスを一元的、系統的に飼育管理し、供給する事業を展開することとした。マウスはゲノム情報および遺伝子改変技術が最も整備された実験動物であり、広くライフサイエンス研究のために用いられている。さらにヒト疾患モデルとして病因解明、診断・治療法の開発、さらに創薬研究に活用されており、世界共通の生物資源として整備されている。言うまでもなく老化研究にとってもマウスは最も有用なモデル動物である。にも関わらず系統的に飼育された加齢マウスを安定に供給する体制が構築されておらず、たとえ入手できても極めて高価である。また、同じ系統のマウスでもブリーダーの違い、飼育環境の違い等、様々な要因により異なる結果を生じることがある。とりわけ、加齢マウスは飼育条件の違いが影響しやすく、また個体差が大きくなりやすい。これらの課題を克服するためにNBRPでは飼育業者に飼育委託し、加齢マウスを安定・安価に供給するシステムを構築し、研究の推進、高度化を図る必要がある。
一般にC57BL/6J、C57BL/6Nが老化研究に用いられている。しかし、この2系統は肥満や代謝に違いがあり、例えば、B6JはミトコンドリアのROS産生を詳しく解析するには不都合であり、一方、B6NはB6Jよりも加齢により肥満しやすく、糖尿病の発症率が高い。よって研究目的によりマウス系統を使い分ける必要がある。また、1ケージに複数(5-6匹)飼育するか、1匹飼いにするかによっても様々な機能が異なる。1匹飼いは、social isolation状況となり、長期飼育を行うとマウスがdepression状態になるが、老化研究の中心課題であるカロリー制限の効能を解析するには、1匹飼育にして食餌摂取量をコントロールしなければならない。 さらにCOVID-19感染症研究に適した加齢マウスモデルの供給が社会的ニーズとなっており、人ウイルスが定着しやすい加齢したBALB/C系統も必要である。本事業ではこれらのマウスを整備し、老化研究の困難性を組織的な取り組みによって克服し、我が国の老化研究の速やかな発展をもたらすことを希望する。とりわけ、多くの若い研究者に老化研究に参画する手がかりとして本事業を活用して頂きたい。本事業は2022年4月に発足したばかりであり、適正な運営・支援の為には、支援に関する共通認識の形成、利用者と支援担当者の信頼関係の醸成、適切な支援課題を選択するシステムの構築、適度な受益者負担の設定など、多くの課題に取り組まなければならない。本事業の長期に渡る継続発展のために多くの研究者、関係者のご協力、ご支援、ご理解をお願いしたい。