クラスター推進センター脳循環代謝研究

研究者 / 研究内容

脳を治す医療を神戸から世界へ

偉大な脳神経解剖学者であったサンティアゴ・ラモン・イ・カハール博士(1906年ノーベル生理学医学賞受賞)は“脳は再生しない”と断定し、脳の再生を完全に否定する彼の宣告はドグマとして後世に強い呪縛をかけ,脳神経機能再生に関する研究を長期間抑圧してきました。
我々の研究室では、障害された脳での血管再生が神経組織や神経機能の再生をもたらすことを世界に先駆けて発見報告し(図1)、「脳血管再生による神経機能再生」をテーマに、脳を治す医療を日本から世界へ普及させていくための研究開発を行っています。
脳梗塞後の血管再生と内因性神経再生

図1. 脳梗塞後の血管再生と内因性神経再生
脳梗塞後には内因性の神経再生が活性化されますが、誘導されてきた神経幹細胞は血管再生がなければアポトーシスでほとんど死滅します(A)。一方、造血幹細胞投与などにより血管再生を活性化すると、誘導されてきた神経幹細胞は生着、成熟、機能し、神経機能向上に寄与することが判りました(B)。
(Taguchi et al. J. Clin. Invest. 2004より引用/改変)

田口 明彦

脳循環代謝研究部長田口 明彦(たぐち・あきひこ)

平成元年 大阪大学医学部卒業

専門分野
脳血管障害
主な実践及び研究歴
脳血管障害に対する再生医療のトランスレーショナルリサーチ
  • 研究内容
  • 業 績

脳梗塞に対する脳血管再生による神経機能再生医療の開発

(1)研究の背景

  • ・血管再生と神経再生:胎生期の神経新生においては血管新生が必須であり、カナリア等の鳥類における神経再生においても血管再生が必須であることはよく知られています。脳梗塞後の再生過程においては、創傷治癒過程と同様に、①脳梗塞発症直後から約2日間の炎症期、②発症後2週間程度の血管増殖期、③その後に続く成熟期が存在しますが、神経再生促進のキーとなるのは、血管増殖期における血管再生の活性化です(図2)。
  • ・造血幹細胞による血管再生:血管再生を活性化する因子として、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)などの増殖因子が知られていますが、増殖因子だけでは十分な血管再生が誘導されません。一方、造血幹細胞も血管再生活性化作用を有しており、四肢虚血患者に対する自己造血幹細胞移植の臨床試験で、我々はその著明な血管再生促進効果を示してきました(図3)。
    さらに重症脳梗塞患者に対する自己造血幹細胞移植の臨床試験を実施し、血管再生の促進が、神経機能再生や脳循環代謝改善を促進する可能性が高いことを示してきました(図4)。

    (図2)脳梗塞後再生過程の経時的変化

    図2.脳梗塞後再生過程の経時的変化
    脳梗塞後の再生過程では、創傷治癒過程と同様に、炎症期、血管増殖期、成熟期が存在します(A)。血管増殖期を活性化することにより、成熟期を含めた再生過程全体が活性化されると考えています(B)。

    (図3)四肢虚血患者に対する自己造血幹細胞移植治療

    図3. 四肢虚血患者に対する自己造血幹細胞移植治療
    自己造血幹細胞移植治療により難治性虚血性潰瘍が治癒し(A)、血管造影所見も改善した(B)。
    (Taguchi et al. Eur.J.Vasc.Endovasc.Surg.2003より引用/改変)

    (図4)脳梗塞患者に対する自己造血幹細胞移植治療による脳循環代謝の改善

    図4. 脳梗塞患者に対する自己造血幹細胞移植治療による脳循環代謝の改善
    自己造血幹細胞移植治療により脳血流量(A)(CBF: Cerebral blood flow)や脳酸素代謝量(B)(CMRO2: Cerebral metabolic rate of oxygen)の増加が観察されました。
    (Stem Cells Dev. 2015より引用/改変)

(2)研究の内容

  • ・血管再生治療における無効症例の原因解明:造血幹細胞による血管再生治療は、世界中で四肢虚血患者、脳梗塞患者、心筋梗塞患者などを対象にした臨床試験が行われ、著効症例では劇的な効果を示す一方、非常に多くの無効症例も報告されてきました。そこで我々は、脳梗塞患者における自己造血幹細胞移植の臨床試験において、神経機能回復を示した症例および示さなかった症例の比較検討を行った結果、投与した細胞群に明らかな差違があることを発見しました。脳梗塞モデルマウスを使った検討でも、投与細胞群の差違により、治療効果に大きな違いがあることが判明しており、投与細胞の最適化に向けた研究開発を行っています。
  • ・造血幹細胞による血管再生メカニズムの解明:造血幹細胞による血管再生メカニズムに関して、造血幹細胞の血管内皮細胞への分化や、造血幹細胞からの多種類の血管増殖因子の分泌などが、提唱されていますが、それらの仮説を十分証明するデータは有りません。しかし、血管再生治療における無効症例の原因が判明し、また造血幹細胞による血管再生治療で明らかな治療効果を示す症例が存在することから、我々は合理的な血管再生メカニズムがあると考えメカニズム解析を行ってきました。その結果、造血幹細胞による血管再生は、今まで全く想定されていなかったメカニズムであることを発見し、現在そのシグナル伝達の全容の解明に向けた研究とともに、造血幹細胞による血管再生メカニズムを応用した治療薬開発を行っています。
  • ・再生医療の普及に向けた医療機器開発:造血幹細胞による血管再生治療には、幹細胞の分離精製工程が必要ですが、手作業での幹細胞分離には建設費/維持費に多大なコストがかかる細胞調製施設が必要でかつ細胞分離操作が煩雑であるため、普及は困難です。無効症例の原因および治療メカニズムが判明したことにより、自己造血幹細胞の機能を維持しながら、有効な幹細胞群を精製することが可能となっており、それらの機能を有する自動幹細胞分離機器の開発を行っています。(図5)

    リバーストランスレーショナル研究の成果を基にした自動幹細胞分離機器の開発

    図5. リバーストランスレーショナル研究の成果を基にした自動幹細胞分離機器の開発
    臨床試験で生じた疑問点を基礎研究(リバーストランスレーショナル研究)で解明し、その成果を基に、自動幹細胞分離機器の治験に向けた研究開発を行っています。

認知症に対する脳血管再生による神経機能再生医療の開発

(1)研究の背景

  • ・新しい治療ターゲットの可能性:高齢者で脳の機能が低下する原因として、①脳におけるアミロイドタンパクやタウタンパクなど有害物質の蓄積、②脳における慢性炎症、③脳血管の障害等があり、多くの場合それらの原因が重なり合って、神経機能が低下し認知症を発症します。我々は老化に伴う脳血管の機能低下がこれらの根本的な原因であり、脳血管機能を再生することにより神経機能を再生させることが可能であると考えています。(図6)

    老化した脳血管の機能再生による脳神経機能再生

    図6. 老化した脳血管の機能再生による脳神経機能再生
    脳血管障害やアミロイドβ/Tauタンパク蓄積、慢性炎症は神経機能低下を惹起するが、それらの根本的な原因は脳血管の老化による機能低下であり、脳血管の機能再生により脳神経機能の再生が可能になると考えています。

(2)研究の内容

  • ・共同研究開発体制の構築:再生医療は歴史の浅い研究分野ですが、全く新しい発想から生まれた治療法が次々に実用化されつつあります。認知症患者の脳機能再生に挑戦する共同研究開発グループとして、我々は認知症再生医療イニシアティブ(ReMDI project: Regenerative Medicine for Dementia Initiative)を2018年に発足させました。認知症再生医療イニシアティブでは、①神経細胞死の抑制という守りの思想に基づく従前の研究開発から、機能再生促進という攻めの発想に基づく研究開発へとパラダイムチェンジさせ(図7)、②脳機能再生促進に挑戦する研究者および企業/団体が集まり、サイエンスとしての再生医療により認知症制圧に挑む自由闊達で愉快な研究グループを創造し、③技術上の困難も歓迎し、サイエンスによる解決を図ることにより、認知症の制圧に挑戦しています。
  • ・再生医療技術を用いた認知症治療法の開発:造血幹細胞の脳血管再生促進作用を認知症治療開発に応用するため、①造血幹細胞と同様の血管再生促進作用を有する可能性のある薬剤/食品のin vitroアッセイ系でのスクリーニング、②末梢血白血球細胞/骨髄造血幹細胞の血管再生促進作用の加齢変化の検証、③高齢者脳の病態を反映するモデル動物およびその評価方法の確立、に向けた研究を行っています。新しい視点からの治療法開発には、様々な課題の解決が必要ですが、認知症再生医療イニシアティブの研究グループと、認知症治療薬につながる研究開発を進めています。

    老化した脳血管の機能再生による脳神経機能再生

    図7.  認知症再生医療イニシアティブにおける治療戦略
    従来、神経機能の再生は不可能であると考えられてきたため、認知症治療薬開発では、正常/軽度認知症患者の認知症発症予防をターゲットにした研究開発が行われ、有効性の検証には長期間/多人数の治験が必須でした。一方、認知症再生医療イニシアティブでは、認知症患者の神経機能再生をターゲットにした研究開発を進めており、その有効性の検証は短期間/少人数での治験でも十分証明可能であると考えています。

業績

1. Accelerating Cell Therapy for Stroke in Japan: Regulatory Framework and Guidelines on Development of Cell-Based Products.Houkin K, Shichinohe H, Abe K, Arato T, Dezawa M, Honmou O, Horie N, Katayama Y, Kudo K, Kuroda S, Matsuyama T, Miyai I, Nagata I, Niizuma K, Sakushima K, Sasaki M, Sato N, Sawanobori K, Suda S, Taguchi A, Tominaga T, Yamamoto H, Yamashita T, Yoshimine T; Working Group for Guidelines on Development of Cell-Based Products for the Treatment of Cerebral Infarction. Stroke. 2018; 49(4):e145-e152.

2. Treatment evaluation of acute stroke for using in regenerative cell elements (TREASURE) trial: Rationale and design. Osanai T, Houkin K, Uchiyama S, Minematsu K, Taguchi A, Terasaka S. Int J Stroke. 2018; 13(4):444-448.

3. Cell therapy for adult infarction. Sato Y, Kasahara Y, Taguchi A. Cell therapy for perinatal brain injury (ed. Shintaku. SpringerNature). 2018; 119-130.

4. Mutual effect of cerebral amyloid β and peripheral lymphocytes in cognitively normal older individuals.Yasuno F, Kazui H, Kajimoto K, Ihara M, Morita N, Taguchi A, Yamamoto A, Matsuoka K, Takahashi M, Nakagawara J, Tsuji M, Iida H, Kishimoto T, Nagatsuka K. Int J Geriatr Psychiatry. 2017; 32(12):e93-e99.

5. Transplantation of hematopoietic stem cells: Intra-arterial versus intravenous administration impacts stroke outcomes in a murine model. Kasahara Y, Yamahara K, Soma T, Stern DM, Nakagomi T, Matsuyama T, Taguchi A. Transl Res. 2016; 176:69-80

6. Use of t1-weighted/t2-weighted magnetic resonance ratio to elucidate changes due to amyloid beta accumulation in cognitively normal subjects. Yasuno F, Kazui H, Morita N, Kajimoto K, Ihara M, Taguchi A, Yamamoto A, Matsuoka K, Takahashi M, Nakagawara J, Iida H, Kishimoto T, Nagatsuka K. Neuroimage Clin. 2017;13:209-214

7. Mutual effect of cerebral amyloid beta and peripheral lymphocytes in cognitively normal older individuals. Yasuno F, Kazui H, Kajimoto K, Ihara M, Morita N, Taguchi A, Yamamoto A, Matsuoka K, Takahashi M, Nakagawara J, Tsuji M, Iida H, Kishimoto T, Nagatsuka K. Int J Geriatr Psychiatry. 2017;32(12):e93-e99

8. High amyloid-beta deposition related to depressive symptoms in older individuals with normal cognition: A pilot study. Yasuno F, Kazui H, Morita N, Kajimoto K, Ihara M, Taguchi A, Yamamoto A, Matsuoka K, Kosaka J, Kudo T, Iida H, Kishimoto T, Nagatsuka K. Int J Geriatr Psychiatry. 2016;31:920-928

9. Evaluations of intravenous administration of cd34+ human umbilical cord blood cells in a mouse model of neonatal hypoxic-ischemic encephalopathy. Ohshima M, Taguchi A, Sato Y, Ogawa Y, Saito S, Yamahara K, Ihara M, Harada-Shiba M, Ikeda T, Matsuyama T, Tsuji M. Dev Neurosci. 2016;38:331-341

【和文総説】

1. 田口 明彦 脳卒中に対する再生医療. 理学療法ジャーナル 2017;51(5):451-456

2. 田口 明彦. 脳卒中患者に対する細胞治療. 医学のあゆみ. 2017;260(7):563-567

3. 田口 明彦. 脳卒中に対する再生医療. PTジャーナル. 2017; 51(5):451-456

4. 田口 明彦. 脳卒中の再生医療. Medicina. 2016;53(2):340-342

5. 田口 明彦. 脳卒中とバイオマーカー:新たな展開 末梢血中造血幹細胞数. 分子脳血管病. 2016;15(2):17-21

6. 田口 明彦. 脳梗塞に対する自己骨髄単核球細胞治療. Clinical Neuroscience. 2016;34(11):1261-1262